今は昔。
身よりも無いので、ひたすら清水寺へ参詣している女がいた。
歳月を積み重ねて、お参りを続けたが、露ほども御利益は無く、
そればかりかだんだん頼りない境遇になった挙句、
長年所有していた地所まで失って、居るべき場所も無いまま、さまよい歩くことになり、
泣く泣く観音を恨み抜いて言うには、
「いかなる前世の報いがあろうとも、ほんのわずかの恵みを与えてください」
拝み抜いて訴え、観音の前へ伏し倒れた夜の夢に、
「観音より」
といって、
「そのように切に、切に申すことであるから観音も哀れに思し召すが、
おまえの方で、まったく頼りになる者がおらぬ状況では、どうしようもなく、
観音はそのことで嘆かれている。これを受け取りなさい」
と、観音の前に吊された、御帳の帷子をきれいに畳んで、女の前へ置いた
――と見たと思うと、夢から覚めたのである。
そして灯明の光に透かして見れば、
夢のとおり、御帳の帷子がたたまれて、前へ置いてある。
つまりこれより他にたまわるものは無いのかと、
我が身の不幸を思い知らされて、哀しく、さらに申し上げるには、
「こんなもの、頂戴しませぬ。すこしでも頼みに思えるものがある身なら、
錦を縫って、御帳でも何でもさしあげようと思うのに、
こんな御帳だけいただき、帰れるはずがありません。お返しします」
と言って、犬防ぎの柵の内側へ手を差し込むと、それを返却してのけたのである。
すると、またまどろみの中の夢で、
「何でそう小賢しい真似をするのか。
ただ下されるものを受け取らず、こうして返すなど、怪しからぬことである」
と、また几帳をたまわる夢を見る。
目覚めて見れば、やっぱり同じように几帳が前にあるので、女は泣く泣く、さらに返却する。
こんなふうに、女は三度も返したが、やはり同じものが与えられ、
しかも最後には、
「今度、返そうとするのは、無礼の振る舞いである」
ときつく言われてしまったから、
これ以上は、事情も知らない寺僧から御几帳を盗んだと疑われかねない、
そう思い悩んだ挙句、まだ夜も深いうちに几帳を懐へ入れて、
観音の御前から引き下がったのである。
さて女は、貰った布をどうしようかと広げて見たところ、
ほかに着るべき衣さえなかった折だったし、
これを着物にして身につけようと思いついた。
そして仕立てて、着てみれば、女の姿を見た者は男でも女でも、
何とも愛おしい相手であるように思うようになり、
やがて縁も無いような人から、さまざまな物を送られるようになった。
さらに、大切な人にまつわる訴訟も、その衣を着れば、
面識の無い高貴な相手のもとへも参上でき、訴えれば必ず勝つのだった。
このようにして、女は、人様から物を得て、よき男からも慕われ、
幸福に暮すようになった。
その後、女はその着物をしまっておき、
この一大事、と思う時にだけ取り出して着るようになったという。
そうすれば必ず叶うのである。
原文
清水寺御帳給る女事
今は昔、たよりなかける女の、清水にあながちに参るありけり。年月つもりけれども、露ばかり、そのしるしと覚えたることなく、いとゞたより なく成りまさりて、果は、年比有ける所をも、其事となくあくがれて、よりつくところもなかりけるまゝに、泣く泣く観音を恨申て、「いかなる先世のむくひなりとも、たゞすこしのたより給候はん」と、いりもみ申て、御前にうつぶしふしたりける夜の夢に、「御前より」とて、「かくあながちに申せば、いとほしくおぼしめせど、すこしにてもあるべきたよりのなければ、そのことをおぼしめし歎くなり、これを給れ」とて、御帳のかたびらを、いとよくたゝみて、前にうち置かると見て、夢さめて、御あかしの光に見れば、夢のごとく、御帳のかたびら、たゝまれて前にあるを見るに、さは、これより外に、たぶべき物のなきにこそあんなれと思ふに、身のほどの思しられて、かなしくて申やう、「これ、さらに給はらじ。すこしのたよりも候はば、にしきをも、御帳にはぬいて参らせんとこそ思候に、この御帳ばかりを給はりて、まかり出べきやうも候はず。返し参らせさぶらひなん」と申て、いぬふせぎの内に、さし入て置きぬ。又まどろみいたる夢に、「などさかしくはあるぞ。たゞ給はん物をば給はらで、かく返し参らする。あやしきことなり」とて、又給はるとみる。さてさめたるに、又おなじやう に前にあれば、なくなくかくへし参らせつ。かやうにしつゝ、三たび返し奉るに、猶またかへし給びて、はての度は、この度かへし奉らんは、無禮(むらい)なるべきよしを、いましめられければ、かゝるとも知らざらん寺そうは、御帳のかたびらを、ぬすみたるとや疑はんずらと、思ふもくるしければ、まだ夜ぶかく、ふところにいれて、まかり出にけり。これをいかにとすべきならんと思て、 ひきひろげて見て、きるぺき衣もなきに、さは、これを衣にして着んと思ふ心つきぬ。これを衣にして着てのち、見と見る男 にもあれ、女にもあれ、あはれにいとほしきものに思はれて、そゞろなる人の手より、物をおほく得てけり。大事なる人のうれへをも、其衣をきて、しらぬやんごときなき所にも参りて申させければ、かならずなりけり。かやうにしつゝ、人の手よりものを得、よき男にも思はれて、たのし くぞ有ける。されば、その衣をばおさめて、かならず先途と思ふことの折にぞ、とり出て着ける。かならずかなひけ り。
適当訳者の呟き:
本当、このころの信心ってのは直接的ちゅか何ちゅか、ですね。
御帳の帷子:
みちょうのかたびら。観音様の前へ垂らすカーテンみたいなものですね。
ある程度はきれいな代物ですけど、こんなものをもらっても仕方ない、と思うのも分ります。
そして確かに、持ち出せば盗人扱いされますね。
犬ふせぎ:
殿舎や門の前などに設けた低い柵のこと。犬ふせぎって名前なんですね。
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