これも今は昔、京極に、源大納言雅俊という人がいた。
この人が、仏事をさせようと、
とりわけ、一生女とは交わらない、一生不犯! ――の誓いをした僧侶に、
鐘打ちや、大切な講義をさせることにした。
だがこの一生不犯の僧は、高座にあがったところで表情が変り、
鐘たたきの撞木を取ったものの、打ち鳴らすこともせず、
動くのも止めてしまったから、
雅俊大納言が、どうしたんだろうと見ていたが、
それでも物も言わない。
周りの人も、さすがに不安になったころ、
ようやく、この一生不犯の僧侶が声をわなわなと震わせて、
「一生不犯……だが、手淫はどうなのじゃ?」
と、自問して呟いたものだから、
一同、顎を落として大爆笑するうちに、一人の従者が、
「手淫は、どのくらいやったのですか?」
と問いかけると、この僧侶は首を傾げて、
「夕べもやったゆえ……」
そう答えたものだから、
一同、どよめき笑い、その隙に、一生不犯の僧侶は逃げ出したという。
原文
源大納言雅俊一生不犯金打せたる事
これも今は昔、京極の源大納言雅俊といふ人おはしけり。仏事をせられけるに、仏前にて僧に鐘を打たせて、一生不犯なるを選びて講を行はれけるに、ある僧の礼盤上りて、少し顔気色違ひたるやうになりて、撞木(しもく)を取りて振りまわして打ちもやらでしばしばかりありければ、大納言、いかにと思はれける程に、やや久しく物もいはでありければ、人どもおぼつかなく思ひける程に、この僧わななきたる声にて、「かはつるみはいかが候ふべき」といひたるに、諸人頤(おとがひ)を放ちて笑ひたるに、一人の侍(さぶらひ)ありて、「かはつるみはいくつばかりにて候ひしぞ」と問ひたるに、この僧、首をひねりて、「きと夜部もして候ひき」といふに、大方とよみあえり。その紛れに早う逃げにけりぞと。
適当役者の呟き
確かに、不犯の誓いの中で、自分のシコシコ行為はどんな扱いになるのか、気になります。
(きっと、OKですよね)
かはつるみ:
「かわつるみ」で検索。
手淫のこと、または男色。一人もしくは男同士でハアハアすることみたいです。
今回は手淫にしておきました。
かわ・つるみ――つるみが「交わり」の意味みたいですが、「かわ」が不明。皮?
源雅俊:
みなもとのまさとし(1064-1122)。
白川天皇、鳥羽天皇の側近。
削除依頼中のwikipediaによると、
信仰心が厚く、堀河天皇崩御の後、京極に九体の丈六阿弥陀仏像を安置する御堂を建立、また同じく堀河天皇のために、香隆寺において丈六千手観音像と涅槃経を供養している。一方で、『平家物語』では「あまりに腹あしき人」と、粗暴で猛々しい性格だったと述べられている
――らしいです。
この話、「源大納言雅俊一生不犯金打せたる事」という原題ですけど、
雅俊さんはあんまり関係ないですね。
[5回]
PR