(つづき)
さて、府生が相撲取りを招くため諸国へ下り、
数えきれないほどの力士を招集し、都へのぼる途中、
一行は、かばね島、というところを通った。
ここは海賊の集るところで、通過しようとしたとき、連れていた相撲取りが、
「あれをご覧あれ。あの舟は、海賊の舟どもだ。これはいかがすべきか」
と言うと、この府生、
「おのおの方、騒ぐでない。たとえ千万人の海賊があろうとも、今はただ見ておれ」
と、皮籠から、賭弓(のりゆみ)のときに着用した装束を取り出すと、
立派に着飾り、冠や老懸を正しく装着。
だが従っていた者たちは、
「これは物狂いになられたか。海賊に敵わないまでも、せめて楯を構えるなどしたら」
と急き立てる。
だが府生は、うるわしく着用した装束で、肩脱ぎになり、
右手をかかげて後ろを見回し、屋形の上に立つと、
「今は四十六歩の距離に来たか」
というと、従者どもは、
「ざっと見たところ、まだです」
と、恐怖と船酔いとで胃液を戻す始末。
「いかに、その距離へ来たか」
と再度言うと、
「四十六歩の距離へ、近づきました」
と、そのとき府生は上屋根へのぼり、立派に弓を立てかざして、
しばし、制止。
見れば、海賊の親玉のような奴が、黒ずんだものを着て、赤い扇を打ち開きながら、
「早く早く漕ぎ寄せて、乗り移り、奪い取れ」
などと言っている、と府生は落ち着いて弦を引き硬め、とろとろと放って弓を倒した、
と見ると、放たれた矢は目にも見えぬ間に親玉が座るところへ飛び込み、
いきなり左の目へ突き立ったのである。
海賊、
「やっ」
と言って扇を投げ捨て、仰向けに倒れた。
そして矢を抜いて見れば、それは戦場でつかうような立派な矢ではなく、
木ぎれのような矢に過ぎないが、これには海賊どもも、
「やや、これは、普通の矢ではない。神矢だ」
と言い合うと、
「早く早く、おのおの方、漕ぎ戻れ」
と、逃げて行ったのだった。
その時に、門部府生は微笑み、
「このわしの前に立つ、危うい奴らだの」
と言って、袖をおろし、軽く唾を吐いた。
そうして、うろたえ逃げて行く連中が落としたものが海に浮んでいるので、
袋を一つ拾って、府生は笑っていたという。
原文
門部府生海賊射かへす事(つづき)
よき相撲どもおほく催し出ぬ。又かずしらず物まうけて、のぼりけるに、かばね嶋といふ所は、海賊のあつまる所なり。すぎ行程に、具したるもののいふやう、「あれ御覧候へ。あの舟共は、海賊の舟どもにこそ候めれ。こはいかゞせさせ給べき」といへば、この門部の府生いふやう、「をのこ、なさわぎそ。千萬人の海賊ありとも、いまみよ」といひて、皮子(かわご)より、のりゆみの時着たりける装束とりいでて、うるはしく装束きて、冠、老懸(おいかけ)など、あるべき定にしければ、従者ども「こは物にくるはせ給か。かなはぬ迄も、たてづきなどし給へかし」と、いりめきあひたり。うるはしくとりつけて、かたぬぎて、めて、うしろ見まはして、屋形のうへに立て、「今は四十六歩により来にたるか」といへば、従者ども「大かたとかく申に及ばず」とて、黄水(わうずゐ)をつきあひたり。「いかに、かくより来にたるか」といへば、「四十六歩に、ちかづきさぶらひぬらん」といふ時に、上屋形へ出るて、あるべきやうに弓立して、弓をさしかざして、しばしありて、うちあげたれば、海賊が宗徒のもの、くろばみたる物着て、あかき扇をひらきつかひて、「とくとくこぎよせて、のりうつりて、うつしとれ」といへども、この府生、さわがずして、ひきかためて、とろとろとはなちて、弓倒して見やれば、この矢、目にもみえずして、宗徒の海賊がゐたる所へ入ぬ。はやく左の目に、いたつきたちにけり。海賊、「や」といひて、扇をなげすてて、のけざまに倒れぬ。矢をぬきて見るに、うるはしく、たゝかひなどする時のやうにもあらず、ちりばかりの物なり。これをこの海賊ども見て、「やゝ、これは、うちある矢にもあらざりけり。神箭なりけり」といひて、「とくとく、おのおのこぎもどりね」とて、逃にけり。
其時、門部府生、うす笑ひて、「なにがしらがまへには、あぶなくたつ奴ばら哉」といひて、袖うちおろして、こつばきはきてゐたりけり。海賊、さわぎ逃げける程に、ふくろひとつなど、少々物ども落したりける、海にうかびたりければ、此府生とりて、笑てゐたりけるとか。
適当訳者の呟き:
無敵の府生。
かばね島
現代アートで有名な、瀬戸内「直島」の北にある、「
京の上臈島」のことみたいです。
現代のGoogle Mapでも「京の上臈島」と出ています。おもろげな名前ですね。
。。。何でも昔、西国の船乗りが京都ですばらしい上臈(公家に仕える女房か、遊女。たぶん遊女)をもらったか拉致したか、とにかく連れてきたのですが、ここまで来たら嫌気がさしたので、島へ置き去りに。
で、女はすさまじい恨みを残したまま餓死。この恨みで、それから此の島へは船を泊めることができなくなった。。。とのこと。
こちらも興味深いですね。
黄水
おうずい。胃から吐き戻す、黄色い水。これを吐きまくるほどに、みな大慌て。
[2回]
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