今は昔、とある公卿が、まだ中将と言われていた時のこと。
御所の内陣へ参上する途中で、
法師が捕まり、引き立てられているのを目撃して、
「これは何をした法師ぞ」
と尋ねると、
「数年来使えていた主人を殺しやがった者です」
という。
「それはまことに重き罪を犯したもの。真にひどいことを為した者だったか」
と呟くように言いながら、通り過ぎると、
この捕まった法師は、真っ赤な目で忌々しげに睨みあげるので、
公卿は、余計なことを口にしてしまったと、空恐ろしくなって行くうち、
また、別の男を捕えて引き立てて行くところに出会った。
「これは何をした者か」
と懲りもせずに尋ねると、
「人の家に追い込まれた者です。
追い込んだ方の男はいなくなってしまったので、こいつを捕まえたところです」
そう言われたので、格別の罪というわけでもないなと、
捕えた男を見知っていたから頼んで、許してやった。
このように、この公卿は、だいたい同じような心がけをしていて、
かわいそうな目に遭っている人を見るたび助ける性格で、
最初に出会った法師も、場合によっては頼んで許してやろうと、尋ねたのだが、
罪がことのほか重かったため、あのように口にしたのだが、
当の法師は不満に思ったに違いない。
いずれにしても、いくらもしないうちに大赦があったため、この法師も許された。
(つづく)
原文
或上達部中将の時召人にあふ事
今 は昔、上達部(かんだちめ)のまだ中将と申ける、内へ參り給ふ道に、法師をとらへて率ていきけるを、「こはなに法師ぞ」と問はせけ れば、「年比使仕はれて候主を殺して候者かな」といひたれば、「まことに罪重きわざしたるものにこそ。心うきわざしける者かな」と、なにとなくうちいひて過給けるに、此法師、あかき眼なる目のゆゝしくあしげなるして、にらみあげたりければ、よしなき事をもいひてけるかなと、けうとくおぼしめしてすぎ給ひけるに、又男をからめて行けるに、「こはなに事したるう者ぞ」と、こりずまに問ひければ、「人の家に追ひ入られて候つる。男は逃げてまかりぬれば、これをとらへてまかるなり」といひければ、別のこともなきものにこそとて、そのとらへたる人を見知りたれば、乞ひゆるしてやり給。
大方、此心ざまして、人のかなしきめを見るにしたがひて、たすけ給ひける人にて、はじめの法師も、ことよろしくば、乞ひゆるさんとて、とひ給けるに、罪のことの外に重ければ、さのたまひけるを、法師は、やすからず思ひける。 さて、程なく大赦のありければ、法師もゆりにけり。
適当訳者の呟き:
凝りずまに問ひければ、と地の文でさらっと言っちゃうところが素敵です。
つづきますー。
上達部:
かんだちめ。要するに上級の公家。
摂政・関白・太政大臣・左大臣・右大臣・大納言・中納言・参議、および三位以上の人の総称。参議は四位であるがこれに準ぜられた、とあります。
中将:
近衛中将。近衛府の次官で、従四位。割とエリートです。
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