これも今は昔。
式部大輔・実重(さねしげ)は、他の人とは比較できないほど頻繁に、
賀茂神社へ参詣していた。
けれど、前世からの巡り合わせが悪く、大きな御利益に預かることはなかった。
さてある日。
実重は、夢で、賀茂の大明神が、
「また実重が来おったぞ」
と、嘆かれるお姿を見た。
これを受けて実重は、何としても大明神の御本心を知りたいと、
ある夜、夜通しの祈祷をするため下賀茂神社へ籠った。
やがて上賀茂神社へ参ろうという途中、木のほとりで、
神様の行列へ遭遇した。
百官を従えた威容。
実重は片藪へ隠れてこれを見ていると、
神様の乗られる鳳輦の内側に、金泥で飾られた経文が一巻、鎮座している。
題のところへは、
「一称南無仏 皆巳成仏道」
と記してある。
……というところで、夢から覚めたという。
原文
式部大輔実重賀茂の御正体拝み奉る事
こ れも今は昔、式部大輔実重は賀茂へ参る事ならびなき者なり。前生の運おろそかにして、身に過ぎたる利生にあづからず。人の夢に、大明神、「また実重来たり」とて、歎かせおはします由見けり。実重、御本地を見奉るべき由祈り申すに、ある夜下の御社に通夜したる夜、上へ参る間、なから木のほとりにて、行幸にあひ奉る。百官供奉常のごとし。実重片薮に隠れ居て見れば、鳳輦の中に、金泥の経一巻おはしましたり。その外題に、一称南無仏、皆巳成仏道と書かれたり。夢則ち覚めぬとぞ。
適当訳者の呟き
とりあえず、短い話が続きます。
式部大輔・実重
しきぶのたいふさねしげ。不明です。
式部省は、文官の人事を司ったとのこと。
賀茂:
葵祭で有名な賀茂神社です。
鳳輦:
ほうれん。天皇様や神様の乗る、鳳凰飾りのついた輿です。
お祭ワッショイの、御神輿みたいなものだと想像すれば良いと思います。
金泥の経一巻:
こんでいの経。金粉をにかわで溶いた顔料で飾られたお経。
一称南無仏 皆巳成仏道:
いっしょうなむぶつ かいいじやうぶつだう。一たび南無仏を称すれば、皆巳に仏道を成ず。
一度ナム仏と唱えたら、みんな成仏の道に至れるぜ、という法華経の経文みたいです。
……要するに、賀茂の神様の正体は、法華経の教典でした、という本地垂迹説のお話になるみたいですが、何だかよく分りませんね。
[5回]
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