【ひとつ戻る】
そうして、数ヶ月が過ぎて、
「そろそろ、中も良い具合になっただろう」
と見ると、ちょうど良い感じになっているから、取り下ろし、
口を開けようとしたところ、何だか瓢が少し重たい。
おかしいと思いつつ、ともかく口を開けてみると、
何か、別の物がいっぱい入っている様子。
「何があるんだ」
と中味を少し外へ出してみると、白米だ。
思いもよらず、驚きながら、大きな器へ中のものをみんな出してみると、
同じように白米がさらさら出てくるものだから、
「これは不思議なこと。雀の仕業だ!」
と、驚き、喜んで、ひとまずその瓢を大切に隠しておき、
ほかの瓢を調べてみると同じように白米が入っていて、
中味を少しずつ出すようにすれば、食べきれないほど多かった。
その後、このばあさんの家はまことに裕福になり、
隣村の人も驚き、みんなからうらやましがられる分限者となったのだった。
さて、このばあさんの隣に、同じような老婆が住んでいた。
こちらのばあさん。
やはり同じように子供から、
「同じ年寄で、隣はあんなだというのに、こちらは何にもしやしない」
などと言われるので、
今は分限者となったばあさんのもとへやって来て、
「さてもさても、このごろのことは一体どうしたわけかね。
以前の飼い養った雀が関係している、とは聞いたが、
詳しいことは分からぬゆえ、もっと細かく教えてくだされ」
と言うので、人の良いおばあさんは、
「雀が瓢の種をひとつ落としたので、それを植えたところから、変ったのですよ」
と、おおざっぱに説明してあげるが、隣のばあさんは承知しない。
「何があったか、細かに教えてくれ。どうか教えてくれ」
と、一生懸命に聞くので、分限者のばあさん、
「心狭く、隠すことでもないか」
と思い、
「実は、こういう腰骨を折られた雀がおって、これを飼い養ってやったところ、
恩に感じたのか、瓢の種をひとつ持って来た。
その種を植えてみたところ、こうなった次第なのですよ」
と教えれば、
「その種、おくれ」
「瓢の米であれば、さし上げても良いが、種はもう無い。散らすわけにもゆかないし」
と言って渡さないので、
「よし、わしもどうにか腰の折れた雀を見つけて、飼ってみよう」
と、隣の婆さんは目を皿のようにしてあちこち見るが、
腰の折れた雀などどこにも見当らない。
それで、毎朝、毎朝、この隣の婆さんが見ていると、
家の裏口に散らばる米を食べに、雀がやって来ては躍り歩いていることに気づいた。
この婆さん、石を手に、当るものかと思いつつ投げつけてみる。
そして何度もやるうちに石に当って、飛べなくなった雀があった。
婆さん、喜んでこれに近づき、腰をよくよく打ち折った後、
捕まえて物を食わせ、薬を与えるなどして、養い置いた。
「一羽だけでもあのような長者になるのだ。まして数多かったら、よほどの物持ちだ。
となり以上の富豪になれば、子供たちにも褒められるだろうて」
と思い、さらに米を撒いて待っていると、雀が集まってくるので、
さらに石をぶつけ、ぶつけして、三羽の雀を打ち折ってのけた。
「よし、これで充分だ」
と、三羽を桶に入れて、銅をこそげて食わせるなどして、数ヶ月。
養ううちに、三羽とも元気になったので、婆さんは喜び、
外へ出すと、ふらふらとみんな飛んで行った。
「かなり寂しくなるわ」
と、婆さんは思った。
だが雀の方は、腰骨を折られ、数ヶ月間の囚われたことを、
憎々しく思っていたに違いなかった……。
【つづき】
原文
雀報恩事(つづき)
さて月比(つきごろ)へて、「今はよくなりぬらん」とて見れば、よくなりにけり。取りおろして口あけんとするに、少し重し。あやしけれども切りあけて見れば、物一はた入りたり。「何にかあるらん」とて移して見れば、白米の入りたりつ。思ひかけずあさましと思ひて、大きなる物に皆を移したるに、同じやうに入れてあれば、「ただ事にはあらざりけり。雀のしたるにこそ」と、あさましくうれしければ、物に入れて隠し置きて、残りの瓢どもを見れば、同じやうに入れてあり。これを移し移し使へば、せん方なく多かり。さてまことに頼もしき人にぞなにける。隣里の人も見あさみ、いみじき事に羨みけり。
この隣にありける女の子どものいふやう、「同じ事なれど、人はかくこそあれ。はかばかしき事もえし出で給はぬ」などいはれて、隣の女、この女房のもとに来たりて、「さてもさても、こはいかなりし事ぞ。雀のなどはほの聞けど、よくはえ知らねば、もとありけんままにのたまへ」といへば、「瓢の種を一つ落としたりし植ゑたりしよりある事なり」とて、こまかにもいはぬを、なほ、「ありのままにこまかにのたまへ」と切に問へば、「心狭く隠すべき事かは」と思ひて、「かうかう腰折れたる雀のありしを飼ひ生けたりしを、うれしと思ひけるにや、瓢の種を一つ持ちて、来たりしを植ゑたれば、かくなりたるなり」といへば、「その種ただ一つ賜べ」といへば、「それに入れたる米などは参らせん。種はあるべき事にもあらず。さらにえなん散らすまじ」とて取らせねば、「我もいかで腰折れたらん雀見つけて飼はん」と思ひて、目をたてて見れど、腰折れたる雀さらに見えず。
つとめてごとに、窺ひ見れば、せどの方に米の散りたるを食ふとて雀の躍り歩くを、石を取りてもしやとて打てば、あまたの中にたびたび打てば、おのづから打ち当てられて、え飛ばぬあり。悦びて寄りて腰よくうち折りて後に、取りて物食はせ、薬食はせなどして置きたり。「一つか徳をだにこそ見れ、ましてあまたならばいかにも頼もしからん。あの隣の女にはまさりて、子どもにほめられん」と思ひて、この内に米撒(ま)きて窺ひゐたれば、雀ども集まりて食ひに来たれば、また打ち打ちしければ、三つ打ち折りぬ。「今はかばかりにてありなん」と思ひて腰折れたる雀三つばかり桶に取り入れて、銅こそげて食はせなどして月比(つきごろ)経る程に、皆よくなりにたれば、悦びて外に取り出でたれば、ふらふらと飛びてみな往ぬ。「いみじきわびしつ」と思ふ。雀は腰うち折られて、かく月比籠め置きたる、よに妬しと思ひけり。
適当訳者の呟き:
隣の婆さん。別に「いじわる婆さん」などではありませんね。。。
せど:
背戸。家の裏口。また、裏手。背戸口。
[3回]
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