これも今は昔、忠明という検非違使がいた。
その彼が若い頃、清水寺の箸のもとで、
京童(きょうわらべ)どもと、喧嘩をした。
京童たちは、それぞれ刀を抜くや忠明を取り囲み、
殺そうとしたものだから、
忠明も太刀を抜き、御堂の側へ駆け上がったところ、
御堂の東の端にも大勢が立ちはだかっていたから、中へ逃げ込み、
外した板戸を脇に挟むや、前方の谷へと躍り込んだのである。
板戸は風にあおられ、やがて谷底へ、鳥のようにそっと着地したから、
それでうまく逃げ切ることができたのであった。
京童どもは谷を見下ろし、驚きあきれ果てて、呆然と立ち並んで見つめていたが、
どうしようもなくて、立ち去ったという。
原文
検非違使忠明事
これもいまは昔、忠明(たゞあきら)といふ検非違使(けびゐし)ありけり。それが若かりける時、清水の橋のもとにて、京童部どもと、いさかひをしけり。京童部、手ごとに刀をぬきて、忠明をたちこめて、ころさんとしければ、忠明もたちをぬいて、御堂ざまにのぼるに、御堂の東のつまにも、あまた立ちて、むかひあひたれば、内へ逃て、しとみのもとを脇にはさみて、前の谷へをどりおつ。しとみ、風にしぶかれて、谷の底に、鳥のゐるやうに、やをら落にければ、それより逃ていにけり。京童部ども、谷を見おろして、あさましがり、たち並みて見けれども、すべきやうもなくて、やみにけりとなん。
適当訳者の呟き:
清水の舞台から飛び降りた話。
こちらは、たくさんの教科書に出てくるようで、検索するとたくさん引っかかります。
(短くて、下ネタも無く、昔の若者の感じが想像できて、学校的に無難なのでしょう。これまでのところ、最多で引っかかりました)
検非違使:
けびいし。けんひいし。字面のとおり、非違を検察する使い――要するに、都の警察官のような役職。
忠明:
ただあきら。不詳、と書いてあるので、不詳なのだと思われます。
調べたら分りそうですけど、検非違使には、中納言や参議など高級貴族もいれば(別当。長官)、従八位の下級貴族の就く「少志(しょうさかん)」もいるので、忠明さんはちょっと分りません。
京童部:
きょうわらべ。字面は単に、京都の子供、ですが、この場合は、「江戸の町奴(まちやっこ)」といった感じで、「喧嘩っ早い京都の若者ども」のことだと思われます。京都のヤンキーども。
[11回]
PR