今は昔。
唐土の孔子が、林の中の丘のようになったところで、
ひとときを過していた時のこと。
孔子は琴を弾き、弟子たちは書籍を読んでいたが、
そこへ舟に乗っていた、帽子の老人が、舟を葦につなぎ、岸へあがってきた。
杖をつき、琴のしらべが終るまで聞いていたから、
不思議な人だなと、弟子たちが不審がっていると、
やがて老人は、こちらを手招きする。
ひとりの弟子が行くと、
「あの琴を弾くのは誰か。もしかすると、国の王ではあるまいか」
と問うた。
「そうではありません」
と答えると、
「では、国の大臣か」
「それでもありません」
「では、国の役人か」
「それでもありません」
「では何者だ」
と問うので、弟子は、
「ただ国の賢者にして、政治を説き、悪しき行いを正される、立派な方でございます」
と答えた。
老人は、あざ笑い、
「いみじき痴れ者かな」
と言って、立ち去った。
弟子たちは不審に感じ、孔子のもとへありのままを報告した。
すると、孔子は、
「賢き人である。早くお呼びするのだ」
それで弟子たちは駆け出し、ちょうど舟を漕ぎ出そうとしていた老人を呼び止めると、
孔子のもとへ連れて行った。
孔子の言うには、
「あなたは何をして、日々をお過ごしでしょう」
「何もすることはない。ただ舟に乗り、心を遊ばせるためにあちこち出歩いている。
で、そういうおぬしは何者か」
「世の政道を正そうと、あちこち出歩いている者です」
と答えた。
老人は、
「極まったる徒労の人だ。
良いか、この世界には影法師というものがある。
晴れた日に現れ、それから離れようと駆け回ったところで、影法師は離れない。
しかし日陰にあり、心おだやかに過ごしておれば、影法師は自然と離れる。
そうではなく、日差しの下へ出て影法師より離れんと精力を傾けたところで、
影法師は決して離れることは無い。
また、犬の屍が水に流されて下っているときに、
これを捉えようとすれば、こちらが溺れて死ぬことになる。
お分りか――このように無益なことを、おぬしは行っているのだ。
ただ、人のあるべき場所で、一生を送る。
これが人生の望みである。
これをせずに、心を世間に染め、あれこれ騒ぎ回るなど、
きわめて甲斐の無い、愚かしいことではないか」
そう言うと、老人は返答も聞かずに立ち去り、舟に乗って行ってしまった。
孔子はその後ろ姿を見つめ、二度、拝礼し、
棹の音が聞こえなくなるまで、拝み続けていたという。
そして棹の音が消えると、車に乗って、帰ったと語られている。
原文
帽子叟興孔子問答事
今は昔、もろこしに孔子、林の中の岡だちたるやうなる所にて、逍遙し給。われは、琴をひき、弟子どもは、ふみをよむ。爰(ここ)に、舟に乗たる叟(そう)の帽子したるが、船をあしにつなぎて、陸(くが)にのぼり、杖をつきて、琴のしらべの終るを聞く。人々、あやしき者かなと思へり。この翁、孔子の弟子共をまねくに、ひとりの弟子、まねかりてよりぬ。翁云、「此琴引給はたれぞ。もし国の王か」と問ふ。「さもあらず」と云。「さは、国の大臣か」、「それにもあらず」。「さは、国のつかさか」、「それにもあらず」。「さはなにぞ」と問ふに、「たゞ国のかしこき人として政をし、あしき事を直し給かしこ人なり」とこたふ。翁、あざわらひて、「いみじきしれ者かな」といひて去りぬ。
御弟子、ふしぎに思ひて、聞きしまゝにかたる。孔子聞て、「かしこき人にこそあなれ。とくよび奉れ」。御弟子、はしりて、いま船こぎいづるを呼びかへす。よばれて出来たり。孔子のたまはく、「なにわざし給人ぞ」。翁のいはく、「させるものにも侍らず。たゞ舟にのりて、心を ゆかさんがために、まかりありくなり君は又何人ぞ」。「世の政を直さむために、まかりありく人なり」。おきなの云、「きはまりてはかなき人にこそ。世にかげをいとふものあり。晴にいでて、離れんとはしる時、影離るゝ事なし。影にゐて、心のどかにをらば、影離れぬべきに、さはせずして、晴にいでて、離れんとする時には、力こそつくれ、影離るゝことなし。また犬の死かばねの水にながれてくだる、これをとらんとはしるものは、水におぼれて死ぬ。かくのごとくの無益の事をせらるゝなり。たゞしかるべきゐ所しめて、一生を送られん、是今生ののぞみなり。このことをせずして、心を世にそめて、さわがるゝ事は、きわめてはかなきことなり」といひて、返答も聞かでかり行。舟にのりてこぎ出ぬ。孔子、そのうしろをみて、二たび拝みて、さほの音せぬ まで、拝み入てゐ給へり。音せずなりてなん、車にのりて、かへり給にけるよし、人のかたりしなり。
適当訳者の呟き:
今の日本でこそ通用しそうな老荘思想ですね。
まー、今の日本には、孔子様のように、徒労と知りつつ、あれこれ説いて回る聖人が必要なのかもしれませんが。。。
叟:
そう。老人。翁。
兒(=児)じゃありません。
孔子:
こうし。
有名な儒教の聖人ですが、老荘思想にあっては、こんなふうに、小物扱いされてケチョンケチョンです。
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