陪従清仲の事
これも今は昔。
二条大宮は、白河院の姫宮で、鳥羽院の育ての母。
二条の北、堀川の東あたりにお住まいであった。
ある年、大宮がお住まいになる御所の一角が崩れていたので、
大蔵卿・源有賢(ありかた)が、
備後国司に再任用されたお礼として修理することとなり、
この修理が済むまで、大宮はほかで過ごすこととなった。
さて、陪従の清仲は、常に大宮の御所に控えている男であるが、
大宮がよそへ移られた後も、御車宿の妻戸に居座って、
古い物は言うに及ばず、新調したばかりの柱や板戸などを壊しては、
焚き火に使っていた。
このことに気づいた有賢が、鳥羽院へ訴え出たので、
院は清仲を呼びつけ、
「現在、大宮がご不在であるのになお御所に留まり居て、
古物、新物と言わず壊し、燃やしているのはどういうわけだ。
修理する者がそのように訴えておるぞ。
まず、大宮のご不在にもかかわらず、なお籠り居る理由の子細を申してみよ」
と仰せになると、清仲は、
「別に何のことでもございませぬ。薪が無くなってしまったので居るのです」
と答えた。
おおかた、そんなところだとうと、院はくどくど仰ることもなく、
「すみやかに追い出せ」
と、笑ってお済ましになったとか。
さてまた、法性寺殿の御時、この清仲は、春日祭の競べ馬の乗手に選ばれた。
だが、馬を引く者たちがそれぞれ何か支障があって出仕できないから、
清仲が一人で勤め上げなくてはいけなくなった。
「人が足りぬ。だが構えて、勤め上げるように。
せめて京市中だけは、まともに見えるよう計らい勤めよ」
という仰せを受けて、
「かしこまりました」
と申しあげ、やがて清仲は春日神社の前へやって来たので、
返す返す、法性寺殿も感心されて、
「よくぞ勤め上げた」
と、家人を通じて、清仲に御馬を賜ることとなった。
これに清仲は、転げ回るほど大喜びして、
「このようにしていただけるのなら、常にこの仕事を行いますよ」
と答えたものだから、法性寺殿の仰せを告げた方も、その場にいた者たちも、
笑いの壺に入って、大笑いになったから、
「何事ぞ」
と法性寺殿がお尋ねになり、これこれだと返答すると、
「よくぞ申した」
と仰せになったという。
原文
同清仲の事
これも今は昔、二条の大宮と申しけるは、白河院の宮、鳥羽院の御母代(ははしろ)におはしましける。二条の大宮とぞ申しける。二条よりは北、堀川よりは東におはしましけり。その御所破れにければ、有賢(ありかた)大蔵卿、備後国を知られける重任の功に、修理しければ、宮も外へおはしましにけり。
それに陪従(べいじゆう)清仲といふ者、常に候ひけるが、宮おはしまさねども、なほ、御車宿(くるまやどり)の妻戸に居て、古き物はいはじ、新しうしたる束柱(つかはしら)、蔀(しとみ)などをさへ破り焚きけり。この事を有賢、鳥羽院に訴へ申しければ、清仲を召して、「宮渡らせおはしまさぬに、なほとまり居て、古物(ふるきもの)、新物(あたらしきもの)こぼち焚くなるは、いかなる事ぞ。修理する者訴へ申すなり。まづ宮もおはしまさぬに、なほ籠り居たるは、何事によりて候ぞ。子細を申せ」と仰せられければ、清仲申すやう、「別の事に候はず。薪に尽きて候なり」と申しければ、大方これ程の事、とかく仰せらるるに及ばず、「すみやかに追ひ出せ」とて、笑はせおはしましけるとかや。
この清仲は法性寺殿の御時、春日の祭、乗尻に立ちけるに、神馬(じんめ)つかひ、おのおのさはりありて、事欠けたりけるに、清仲ばかり、かう勤めたりしものなれども、「事欠けにたり。相構へて勤めよ。せめて京ばかりをまれ、事なきさまに計らひ勤めよ」と仰せられけるに、「かしこまりて奉りぬ」と申して、やがて社頭に参りたりければ、返す返す感じ思し召す。「いみじう勤めて候」とて、御馬を賜びたりければ、ふし転び悦びて、「この定に候はば、定使を仕り候はばや」と申しけるを、仰せつく者も、候ひ合ふ者どもも、ゑつぼに入りて、笑ひののしりけるを、「何事ぞ」と御尋ありければ、しかじかと申しけるに、「いみじう申したり」とぞ、仰事ありける。
適当役者のつぶやき:
笑いの壷が、どうしても、わかりません……。
ていうか、全体的によく分らない。。。
二条の大宮:
令子内親王(れいしないしんのう)。白河天皇の娘宮ですので、院政開始のころ。
堀河天皇時代の、女房歌壇の中心だったようです。
母代:
ははしろ。実母にかわって、母親のかわりをする人。乳母よりもう少し年上のような感じがします。
重任:
じゅうにん。任期が終った国司に再び任じられること。
儲かるので、任じられると、お礼に大金を献上するとか、屋敷の大規模改修を行っていた模様。
有賢大蔵卿:
ありかたおおくらきょう。源有賢。
きっちりお礼をするなどしていたので、息子の源資賢になると後白河院の近臣にまで出世して、
保元・平治の乱では中心人物の一人になります。
陪従:
べいじゅう。
前のお話にも出ましたが、お祭で、神楽をやる人に従って楽器を担当する下っ端のこと。
束柱:
つかはしら。短い柱、と出ましたが、ちょっと意味がわかりません。柱。
蔀:
しとみ。板戸。今でいう、カーテンとかブラインドみたいなものですね。
法性院殿:
藤原忠通。父忠実や弟の頼長と喧嘩して、保元の乱の原因になります(勝った方です)。
乗尻:
のりじり。競馬の乗り手。
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