これも今は昔、
ある人のもとに、生半可な女房がいた。
人に紙をもらい、近在の若い僧侶に、
「ひらがなの暦をくださいませ」
と言えば、若い僧は、
「造作もない」
と言って、書いて渡した。
始めの方はうるわしく書いてあり、
神、仏によし、外出悪し、悪日慎め……と丁寧に記されていたが、
そのうちに、単に、
「物を食わぬ日」などとあったり、
「これこれがあれば、よく食うべき日」などと、
適当に書いてあるだけになった。
それでこの生女房は、
「おかしな暦だなあ」
とは思ったが、さすがに間違っているとは思わず、
こんなものだろうと思って、そのまま記載事項をたがえることなく、過ごしていた。
ある日の暦に、「大便すべからず」と書いてあった。
さすがにおかしいと思ったが、しかし書いてあるからにはと、
「大便しない」
と念じて過ごしていたら、悪日続きのように、
「大便すべからず」
「大便すべからず」
と続いている。
生女房。二三日まではこれを念じて、我慢していたが、
とうとう我慢できないほどになったから、左右の手で尻を抱えるや、
「ああ、どうしよう、どうしよう」
と体をよじり、よじりしているうちに、くらくらと、頭がどうかしてしまったとか。
原文
仮名暦あつらへたる事
これも今は昔、ある人のもとに生(なま)女房のありけるが、人に紙乞ひて、そこなりける若き僧に、「仮名暦書きて給べ」といひければ、僧、「やすき事」といひて、書きたりけり。始めつ方はうるはしく、神、仏によし、坎日(かんにち)、凶会日(くゑにち)など書きたりけるが、やうやう末ざまになりて、あるいは物食はぬ日など書き、またこれぞあればよく食ふ日など書きたり。この女房、やうがる暦かなとは思へども、いとかう程には思ひよらず。さる事にこそと思ひて、そのままに違へず。またあるいは、はこすべからずと書きたれば、いかにとは思へども、さこそあらめとて、念じて過す程に、長凶会日(ながくゑにち)のやうに、はこすべからず、はこすべからずと続け書きたれば、二日三日までは念じ居たる程に、大方堪ふべきやうもなければ、左右の手にて尻をかかへて、「いかにせん、いかにせん」と、よぢりすぢりする程に、物も覚えずしてありけるとか。
適当役者の呟き
これぞ宇治拾遺って感じですね!
生女房:
なまにょうぼう。未熟な女房。
坎日:
かんにち。外出を控えるべき日。
凶会日:
くえにち。悪日。
坎日と同様「暦注」といい、今でも有名な「大安」「先負」「さんりんぼう」といったものの仲間です。
はこすべからず:
はこ=大便の容器。箱すべからず=うんこするべからず。
[4回]
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