【ひとつ戻る】
さてまたあるとき。
賀茂の臨時祭の余興に、また天皇さまの御前で、
神楽が催されることになった。
行綱が、兄に向って言うには、
「人長から呼ばれ、竹台のもとに寄って、さあ騒ぐぞという時に、兄者は、
『あれは何をする者ぞ』
と囃してくだされ。そしたら私は、
『竹豹(ちくそう)ぞ、竹豹ぞ』
と言いながら、豹の真似をして、みんなをあっと言わせようと思います」
そう提案すると、家綱、
「よし、おやすい御用だ。わっと囃してやろう」
ということで、話は決った。
さて本番。
人長が前へ出て、
「行綱、参ります」
と言うので、行綱、やおら立ち上がって竹の台へ這い上がり、
――あれは何をするぞや、と言われたら「竹豹ぞ」と言ってやるぞ
と、待ち構えていたところ、
「彼は何ぞの竹豹ぞ」
という囃し声が飛んできた。
こちらで言おうとしていた「竹豹」を先に言われてしまったから
行綱は言うべきことが無くなって、さっと中へ逃げ込んでしまったのだった。
このことは、もちろん天皇さまのお目にもとまり、なかなか興を覚えられたとのこと。
もちろんこれは、先に行綱に謀られた仕返しである。
原文
陪従家綱行綱互ひに謀りたる事(つづき)
賀茂の臨時の祭りの還立(かへりだち)に、御神楽のあるに、行綱、家綱にいふやう、「人長(にんぢゃう)召したてん時、竹台のもとに寄りて、そそめかんずるに、『あれはなんする者ぞ』と、囃い給へ。その時、『竹豹(ちくそう)ぞ、竹豹ぞ』といひて、豹のまねを尽さん」といひければ、家綱、「ことにもあらずてのきい囃さん」と事うけしつ。さて人長立ち進みて、「行綱召す」といふ時に、行綱やをら立ちて、竹の台のもとに寄りて、這いありきて、「あれは何るぞや」といはば、それにつきて、「竹豹」といはんと待つ程に、家綱、「かれはなんぞの竹豹ぞ」と問ひければ、たれといはんと思ふ竹豹を、先にいはれければ、いふべき事なくて、ふと逃げて走り入りにけり。
この事上まで聞し召して、なかなかゆゆしき興にてありけるとかや。さきに行綱に謀られたるあたりとぞいひける。
適当役者の呟き:
この兄弟、こういうことを毎日やってるんでしょうねえ。
還立:
かえりだち。
わかりやすく「余興」と訳してしまいましたが、
祭礼の後、奉仕した使い・舞人たちが天皇の前に出て、歌舞の遊びをすること――と出ます。
天皇さまが御所にお戻りになるから、「還る」のかなあと思いました。
竹豹:
ちくそう。どう検索しても、「斑点の大きな、豹皮」と出てきます。
がおー、がおーと、ヒョウの物まねをしようという趣向でしょうか、よくわかりません。
この趣向の意味を誰か教えてください。
この事上まで聞し召して:
還立の意味からしても、天皇さまは兄弟の猿楽をご覧になっていたのだと思いました。
「聞し召し」たのは、無官の陪従たちを直にご覧になっていないことを言っているに違いないと、適当に解釈してみました。
[4回]
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