今は昔。
丹後守・保昌の弟に、兵衛尉として元服、冠を賜った保輔(やすすけ)という者があった。
盗人の長である。
家は姉小路の南、高倉の東にあったといわれ、
家の奥に蔵をつくり、床下を深く、井戸のように掘って、
太刀や鞍、鎧や兜、絹、布といった、さまざまなものを売る者を呼び入ると、
言われるままに買い取り、
「代金を払おう。奥の蔵へ連れて行け」
と家来に命じる。
そして商人が、
「よし代金を受け取るぞ」
とついて来るのを蔵の中へ招き入れるなり、
掘り下げた穴へ突き入れ、突き入れして、持って来た商品を奪うのであった。
これまでに、この保輔の屋敷へ品物を持ち込み、帰った者は無かった。
無論このことを不審に思う物売りもいたが、
皆殺しにしていたから、口に出す者はなかったのである。
これのみならず、保輔は、京都中の屋敷へ押し入り、盗みをしていた。
悪事はところどころ、噂になっていたが、
どういうわけか保輔は捕まり、搦められることもなく過ぎていたのであった。
原文
保輔盗人たる事
今は昔、丹後守保昌(やすまさ)の弟に、兵衛尉にて、冠(かうぶり)賜りて、保輔といふ者ありけり。盗人の長にてぞありける。家は姉が小路の南、高倉の東に居たりけり。家の奥に蔵を造りて、下を深う井のやうに堀りて、太刀、鞍、鎧、兜、絹、布など、万(よろづ)の売る者を呼び入れて、いふままに買ひて、「値(あたひ)を取らせよ」といひて、「奥の蔵の方(かた)へ具して行け」といひければ、「値賜らん」とて行きたるを、蔵の内へ呼び入れつつ、堀たる穴へ突き入れ突き入れして、持て来たる物をば取りけり。この保輔がり物持て入りたる者の、帰り行くなし。この事を物売怪しう思へども、埋み殺しぬれば、この事をいふ者なかりけり。
これならず、京中押しありきて、盗みをして過ぎけり。この事おろおろ聞えたりけれども、いかなりけるにか、捕へからめらるる事もなくてぞ過ぎにける。
適当役者の呟き
おそろしい奴。。。
保輔:
平安の大盗賊、袴垂保輔(藤原保輔)に間違いないですね。
巻二 (28)袴垂、保昌に会う事
に出てきます。
日本史的には、最後には捕まって、切腹しています(日本史上初の切腹)。
丹後守保昌:
第28話では、「摂津前司」として出てきます。
和泉式部が奥さんだったりして、この兄はまじめで立派な男子だった感じです。
[3回]
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