今夜の宿を探している旅人が、
大きいわりに、ボロボロになっている屋敷があったので、
「よし、今日はここに泊まるぞ」
と呼ばわると、中からは女の声で、
「どうぞお泊まり下さい!」
と言うので、従者も馬から降りて、泊まることにした。
そこは、建物の大きい割に人の気配が無くて、
女が一人いるばかりの様子だったが、
とにかくそこで一晩過ごした。
そして翌朝、朝食を済ませて、さて、出立しようとしたところ、
女が出てきて、
「行かないで下さい。ちょっと待ってください」
と言う。
「どうしたんだ」
「あなたは、私の1000両を持っているはずです。渡してください」
旅人の従者は笑って、
「何だこいつ、頭おかしいぞ」
だが主人である旅人の方は、
「そうか、いや、ちょっと待て」
と言うと、自分の荷物を持って来させると、その場に幕を引き巡らした。
そして幕の内側で、しばらく何事かをしていたが、
そのうちに出てきて、女を呼んだ。
女が出てくると、旅人は、
「どうもおまえの親は、占い師だったようだな」
「そうだと思います。そんなことをしていたと聞いたことがあります」
「そうであろう」
と頷くと、
「では何故、わしが1000両を持っていると言ったのか、そのわけを申してみよ」
「はい。実は私の親が死ぬ前に、そこそこの物は残しておいてくれましたが、
臨終に際し、『今から10年の後、この家に旅人が宿るであろう。
その旅人こそ が、我が1000両を持っている人間だから、
その人に金を乞いなさい。
それまでの間、耐え難い時には、家のさまざまの物を売って、生き延びるが良い』
と申しますので、今まで は、親の残したものを少しずつ売りながら耐えて参りましたが、
今年になってはもう売るべき物さえ無いので、
早く親の言った日が来ないかと待ちに待っておりましたところ、
今日ようやくその日となり、あなたが宿泊されましたから、
亡父の言う『金を持って来た人』に違いないと思ったのです」
と話した。
旅人は、
「うむ。その金のことはまことである」
と、女を家の一隅へ連れて行くと、誰にも知らせないよう、
ひそかに柱の一カ所を叩かせて、空洞になっている箇所を示すと、
「この中に金がある。少しずつ取り出し、使うが良い」
そう教えて、旅立ったという。
その女の親は占いの名人で、娘の性質を考えるにつけ、
「おそらく今後十年で貧乏に転落するであろう。
だが10年の後、この屋敷に占いの名人がやってくるのは間違い無い」
そう見極めて、
「わしの死に際し、すぐに娘にこの金を遺せば、大して困らないうちから使い込んで、
真に貧しくなったときに使う金が無くなるであろう」
と思いやり、あんな遺言をして、
自分の死後も十年間、家を残させるため、娘に苦労させたのである。
そして旅人も占いの名人であったから、たちまち事情を見極めて、お金を見つけた。
易占いは、こんなふうに未来を、掌の内のことのようにズバリと指し示すものなのである。
原文
易の占金取出事
旅人の宿求めけるに、大きやかなる家の、あばれたるがありけるによりて、「ここに宿し給ひてんや」といへば、女声にて「よき事、宿り給へ」といへば、皆おりゐにけり。屋大きなれども人のありげもなし。ただ女一人ぞあるけはひしける。
かくて夜明けにければ、物食ひしたためて出でて行くを、この家にある女出で来て、「え出でおはせじ。とどまり給へ」といふ。「こはいかに」と問へば、 「おのれが金(こがね)千両を負ひ給へり。その弁へしてこそ出で給はめ」といへば、この旅人従者ども笑ひて、「あら、しや、ざんなめり」といへば、この旅 人、「しばし」といひて、またおりゐて、皮籠(かわご)を乞ひ寄せて幕引きめぐらして、しばしばかりありて、この女を呼びければ、出で来にけり。
旅人問ふやうは、「この親はもし易のうらといふ事やせられし」と問へば、「いさ、さ侍りけん。そのし給ふやうなる事はしき給ひき」といへば「さるなる」 といひて、「さても何事にて千両の金負ひたる、その弁へせよとはいふぞ」と問へば、「おのれが親の失せ侍りし折に、世の中にあるべき程の物など得させ置き て申ししやう、『今なん十年ありてしに月にここに旅人来て宿らんとす。その人は我が金を千両負ひたる人なり。それにその金を乞ひて、耐へがたからん折は売 りて過ぎるよ』と申ししかば、今までは親の得させて侍りし物を少しづつも売り使ひて、今年となりては売るべき物も侍らぬままに、『いつしか我が親のいひし 月日の、とく来かし』と待ち侍りつるに、今日に当りてあはして宿り給へれば、『金負ひ給へる人なり』と思ひて申すなり」といへば、「金の事はまことなり。 さる事あるらん」とて女を片隅に引きて行きて、人にも知らせで柱を叩かすれば、うつほなる声のする所を、「くは、これが中にのたまふ金はあるぞ。明けて少 しづつ取り出でて使ひ給へ」と教へて出でて往にけり。
この女の親の、易のうらの上手にて、この女の有様を勘へけるに、「今十年ありて貧しくならんとす。その月日、易の占ひする男来て宿らんずる」と勘へて、 「かかる金あると告げては、まだしきに取り出でて使ひ失ひては、貧しくならん程に使ふ物なくて惑ひなん」と思ひて、しか言ひ教え、死にける後にも、この家 をも売り失はずして今日を待ちつけて、この人をかく責めければ、これも易の占ひする者にて、心得て占ひ出して教へ、出でて往にけるなりけり。
易のうらは、行く末を掌の中のやうに指して知る事にてありけるなり。
適当訳者の呟き
けっこう作り込まれたお話ですね。
皮籠:
かわご。
竹や籐などで編んだ上に皮を張った、ふたつきのかご。
のちには、紙張りの箱、行季――つまり旅行鞄のことですか。
[8回]
PR