(
最初から)(
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 やがて講師がやって来ると、くうすけは、自ら客間を掃除しながら、
 この講師を迎えた。
「これは、どうしてそのようなことをしているのですか」
 と、講師が驚いて言うと、
「何故こうしないでいられましょう」
 と、くうすけが弟子入り志願の名刺さえ渡すから、
 講師の僧侶は、
「これは、思いもよらぬことです」
「いいえ。今日より後は、あなた様にお仕え申したいとの心から、
 こう致すのでございます」
 さらには良質の馬を引き出し、
「ほかのものはございませぬが、この馬を、お布施として差し上げたく存じます」
 と言う。
 馬の背には、にび色の絹までかけてあったから、
 講師はにんまりと笑い、よしよしと思った。
 さて客殿へ入ると、前に膳部が用意してある。
 講師がさっそく食べようとすると、くうすけが、
「先に仏様の供養をした後に、食事をされるべきでございましょう」
 と言うので、
「そうだな」
 と、高座へのぼった。
 お布施も立派なものであるしと、講師は、心を込めて仏供養を行ったので、
 聞く人も尊く思い、くうすけ法師もまた、はらはらと涙を流している。
 やがて儀式が終り、鐘を打って高座から下りた講師が、
 さて食事をとろうとしたところ、くうすけが近寄り、手をこすりながら、
「たいへん結構なご法要にございました。
 今日より後は、末長くお仕え申し上げる心にございます。
 お仕えするとなれば、先生のお宅にて、ご馳走にあずかりたく存じます」
 と言うなり、箸を持たせる間もなく、お膳を取り上げて持って行ってしまった。
 これだけでも、奇っ怪ことをする奴、と思ううちに、
 くうすけは馬を引き出してきて、
「この馬は、拙僧の仮乗りの馬として頂戴いたします」
 と言って、引かせて行く。
 馬の背にあった絹布だけは、手元に残していたから、
 こればかりは布施として寄越すであろうと思っていたら、
「こちらは、拙僧の冬の召し物としていただきます」
 と言って持ち去った挙句、
「では、お引き取り下さい」
 と言い出したものだから、
 講師は夢でも見ているような心地になって、退出したのだった。
 この講師は、ほかにも招かれるところがあったところ、
 くうすけのところでは良馬を布施に与えるそうだと聞いて、
 ほかへは行かず、こちらへ来たものであった。
 さてこんなありさまで、少しは仏を造った功徳が得られるのであろうか。
 どんなものであろう。
原文
くうすけが佛供養の事(つづき)
おりて入に、此法師、いでむかいて、出ゐをはきてゐたり。「こは、いかにし給ことぞ。」といへば、「いかでかく仕らではさぶらん」とて、名簿(みやうぼ)を書てとらせたりければ、講師は、「思ひかけぬことなり」といへば、「けふより後はつかうまつらんずれば、参らせ候なり」とて、よき馬を引出して、「異物は候はねば、この馬を、御布施には奉り候はんずるなり」といふ。また、にび色なる絹の、いれば、講師、笑みまげて、よしと思たり。前の物まうけて据ゑたり。講師くはむとするに、云やう、「まづ佛を供養して後、物をめすべきなり」といひければ、「さる事なり」とて、高座にのぼりぬ。布施よき物どもなりとて、講師、心に入てしければ、きく人も、尊がり、此法師も、はらはらと泣きけり。講はてて、鐘打て、高座よりおりて、物くはんとするに、法師よりきて、いふやう、手をすりて、「いみじく候つる物哉。けふよりは、ながくたなみ参らせんずる也。つかうまつり人となりければ、御まかりに候なん」とて、はしをだにたてさせずして、とりてもちて去ぬ。これをだにあやしと思ふほどに、馬ひきいだして、「この馬、はしのりに給はり候はん」とて、ひき返し去ぬ。衣をとりて來れば、さりとも、これは得させんずらむと思ふほどに、「冬そぶつに給はり候はん」とて、とりて、「さらば帰らせ給へ」といひければ、夢にとびしたるらん心ちして、いでて去にけり。
異所によぶありけれど、これはよき馬など布施にとらんせんとすと、かねて聞きければ、人のよぶ所にはいかずして、こゝに來けるとぞ聞きし。かゝりともすこしの功徳は得てんや。いかゞあるべからん。
適当訳者の呟き
みんな何てこったい。
出ゐ:
いでい。でい。寝殿造に設けられた、居間と来客接待用の部屋とを兼ねたもの――要するに、客間のことですね。
名簿:
みょうぶ。弟子入りする時などに、師匠へ書いて渡す名札みたいなもの。めいぼ、じゃありません。
 
 [3回]
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