これも昔。
天竺に、体の色が五色に輝き、真っ白な角を持つ鹿がいた。
山奥に生息していたから、人に知られることはなかった。
山のほとりには大きな川があって、
またその山には烏がいて、その鹿はかれを友として、日々を送っていた。
さてある時、山のふもとの川で男が一人流されて、
今にも溺れ死にしそうであった時、
「誰か私を助けてくれ」
と叫んだのを、この鹿が聞いた。
鹿は悲しみに耐え難くて、川を泳ぎ渡り、この男を救助した。
そうして男は、命が助かったことを喜び、
手を合わせて、この鹿に言うには、
「どのようにしてこの恩に報いたらよろしいのか」
すると鹿は、
「どのように報えば良いか、ただこの山にわたしという鹿のいることを、
決して人に語らぬようにしてください。
わたしの体は五色に輝いています。
もし人がこのことを知ったなら、皮をとろうと、
必ず、わたしを殺しにかかるでしょう。
このことを懼れるがゆえに、わたしはこのような深い山に隠れて、
人に知られぬようにしていたのです。
それを、あなたの叫び声があまりに悲しく聞こえたため、
おのれの身の行末を忘れて、あなたを助けたのです」
そう言った。
男は、
「なるほど、まことに道理だ。決して、人に漏らすようなことはしませんよ」
と、返す返す約束して、立ち去った。
男はもとの里に帰り、月日を送ったが、その間、決して人には語らなかった。
さて、そんな折。
国のお后様が、夢に、大きな鹿をご覧になった。
体は五色に輝き、角は真っ白であった。
夢から覚めて、夫である大王に告げたのは、
「このような夢を見ました――この鹿は定めて、この世におりましょう。
我が君、どうかこの鹿を捕らえ、わらわに賜りませ」
頼まれた大王は、すぐに宣旨を下して、
「五色の鹿を探し出し、献上する者があれば、金銀、珠玉等の宝物に加え、
一国をも賜るであろう」
と仰せになった。
さあ、この話に、例の、鹿に助けられた男が宮殿へ参上するや、
「おたずねの五色の鹿は、わたくしの国の山奥におります。
わたくし、住処を存じておりますれば、
狩人を私にお与えくだされば、捕らえて参りましょう」
と申し上げた。
大王は大いに喜び、自ら多くの狩人を選抜し、
この男を先導にして、大勢を率いて出立したのだった。
(つづき)
原文
五色鹿事
これも昔、天竺に、身の色は五色にて、角の色は白き鹿一ありけり。深き山のみ住て、人に知られず。その山のほとりに大なる川あり。その山に又烏あり。此鹿(かせぎ)を友として過す。
ある時、この川に男一人流れて、既に死なんとす。「我を、人助けよ」と叫ぶに、此鹿、この叫ぶ声を聞きて、かなしみにたへずして、川を泳ぎ寄りて、此男を助けてけり。男、命の生きぬる事を悦て、手をすりて、鹿むかひていはく、「何事をもちてか、この恩を報ひ奉るべき」といふ。鹿(かせぎ)のいはく、「何事をもちてか恩をば報はん。たゞこの山に我ありといふ事を、ゆめゆめ人に語るべからず。我身の色、五色なり。人知りなば、皮を取らんとて、必ず殺されなん。この事をおそるゝによりて、かゝる深山にかくれて、あへて人に知られず。然を、汝が叫ぶ声をかなしみて、身の行ゑを忘て、助けつるなり」といふ時に、男「これ、誠にことはり也。さらにもらす事あるまじ」と返々契て去りぬ。もとの里に帰りて月日を送れども、更に人に語らず。
かゝる程に、国の后、夢に見給やう、大なる鹿(かせぎ)あり。味は五色にて角白し。夢覚て、大王に申給はく、「かゝる夢をなん見つる。この鹿(かせぎ)、さだめて世にあるらん。大王、必ず尋とりて、我に与へ給へ」と申給に、大王、宣旨を下して、「もし五色の鹿(かせぎ)、尋て奉らん物には、金銀、珠玉等の宝、並に一国等をたぶべし」と仰ふれらるゝに、此助けられたる男、内裏に参て申やう、「尋らるゝ色の鹿(かせぎ)は、その国の深山にさぶらふ。あり所を知れり。狩人を給て、取て参らすべし」と申に、大王、大に悦給て、みづからおほくの狩人を具して、此男をしるべに召し具して、行幸なりぬ。
適当訳者の呟き:
第七巻始め!
割と有名な話のようにも思います。つづきますー。
かせぎ:
かせ木。鹿。
かせ、というのは、Y状になった木の枝というか、棒きれ。すなわち鹿の角のこと。
五色:
基本的には、青・黄・赤・白・黒。ただしこの場合は、今で言う「七色の輝き」というような意味だと思われます。
[5回]
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