【ひとつ戻る】
こんな感じで、要するに一ヶ月のうち大半は鼻が長く腫れていたから、
ものを食べるときには、弟子の法師に、
1尺×1寸(30センチ×3センチ)ほどの細長い板きれを持って来させ、
向い合わせの恰好で、その板きれで鼻を持ち上げさせて食事をするのだった。
不慣れな人が手荒く鼻を持ち上げるなどすると、腹を立てて食事もしなくなるから、
専門の持ち上げ係を定めて、その坊主に、毎度の食事に鼻を持ち上げさせるのだった。
さて、ある朝、このお弟子の体調が悪く、出仕できなかった。
内供は、鼻を持ち上げる人がいないから、朝がゆが食べられず、
「どうしたら良いのか」
と困っていると、小間使いのように使っている小坊主が、
「わたしなら上手にやれますよ。いつもの先輩にも負けません」
と、そんなことを言うのを聞いた別の弟子が、
「こんなことを申しておりますが」
と伝えると、年中組だし、見た目も多少かわいらしいところがあったから、
内供のもとへ参上させた。
さてその小坊主に鼻を持ち上げさせてみれば、
高すぎず、低すぎず、実にちょうど良い具合に、粥をすすることができたから、
内供も喜んで、
「まことに上手である。いつもの法師よりも優れているぞ」
と、さらに粥をすすっているうちに、小坊主、
あ、くしゃみが出る――。
とばかりに、横を向いて、
くちゅんっ!
とやったものだから手が震えて、
ぽちゃと、長い鼻が粥の中へ落ちてしまった。
顔にも米粒がほとばしったものだから、当然、内供は激怒。
頭やら顔にかかった粥を紙で拭いながら、
「お、おのれは何と禍々しい心を持ったクソガキだ!
人の心を持たぬ乞食坊主というのはおのれのような奴を言うのだ!
おのれは、わしよりもさらに高貴な御人の鼻を持つ時にも、こんな狼藉をするのだ。
情けなくも心ない痴れ者め、ええい、行ってしまえ!」
そう言って追い払うが、小坊主は立ち上がりざま、
「こんな鼻を持った人がいるからこそ、鼻を持ち上げに来たんだ。
世の中のどこに、こんな鼻を持った人がほかにいると言うんだ。
バカバカしいことを言うお内供様だよ!」
と言い放ったものだから、
ほかの弟子たちは物陰に逃げ隠れて、大笑いしたという。
原文
鼻長僧事(つづき)
かくのごとくしつつ、月長(は)れたる日数は多くありければ、物食ひける時は、弟子の法師に、平なる板の一尺ばかりなるが、広さ一寸ばかりなる鼻の下にさし入れて、向ひゐて上(かみ)ざまへ持て上げさせて、物食ひ果ひつるまではありけり。異人(ことひと)して持て上げさする折は、あらく持て上げければ、腹を立てて物も食はず。さればこの法師一人を定めて、物食ふ度ごとに持て上げさす。それに心地悪しくてこの法師出でざりける折に、朝粥食はんとするに、鼻を持て上ぐる人なかりければ、「いかにせん」などといふ程に、使ひける童の、「吾はよく持て上げ参らせてん。さらにその御房にはよも劣らじ」といふを、弟子の法師聞きて、「この童のかくは申す」といへば、中大童子(ちゆうだいどうじ)にてみめもきたなげなくありければ、うへに召し上げてありけるに、この童鼻持て上げの木を取りて、うるはしく向ひゐて、よき程に高からず低からずもたげて粥をすすらすれば、この内供、「いみじき上手にてありけり。例の法師にはまさりたり」とて、粥をすする程に、この童、鼻をひんとて側ざまに向きて鼻をひる程に、手震ひて鼻もたげの木揺(ゆる)ぎて、鼻外れて粥の中へふたりとうち入れつ。内供が顔にも童の顔にも粥とばしりて、一物(ひともの)かかりぬ。内供大きに腹立ちて、頭、顔にかかりたる粥を紙にてのごひつつ、「おのれはまがまがしかりける心持ちたる者かな。心なしの乞児(かたゐ)とはおのれがやうなる者をいふぞかし。我ならぬやごとなき人の御鼻にもこそ参れ、それにはかくやはせんずる。うたてなりける心なしの痴者かな。おのれ、立て立て」とて、追ひたてければ、立つままに、「世の人の、かかる鼻持ちたるがおはしまさばこそ鼻もたげにも参らめ、をこの事のたまへる御房かな」といひければ、弟子どもは物の後ろに逃げ退きてぞ笑ひける。
適当訳者の呟き
芥川龍之介の方は、人間精神について語っているようですけど、こちらはただの笑い話ですね。
あと、冒頭で、こんな癇癪持ちの坊主が、尊くて行いも立派だと言っているのは不思議なものです。
童子:
文中では、わかりやすく小坊主、と訳しましたが、
「寺院へ入ってまだ得度剃髪せずに、仏典の読み方などを習いながら雑役に従事する少年」のことを言うそうです。大童子、中童子、小童子の身分(学年?)があるみたいで、登場する小坊主は、中童子です。
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