これも今は昔のこと。
お役人が、20頭ばかりの馬に鮭を積んで、
はるばる越後の国から、京都へやってきた。
やがて粟田口へさしかかり、鍛冶屋の店先を通りかかると、
そこにいた、頭頂部が禿げて、
しょぼたれまなこで、風采の上がらぬ見習いが、
いきなり馬の間へ走り込んできた。
狭い道だったから、馬がひしめき合ううちに、
この見習いは、すばやく鮭二本を引き抜き、懐へ入れて、
さりげなく走り去ろうとするから、
気づいた馬引きの一人が、
「おい、おまえ、何で鮭を盗みやがった」
と先回りして首根っこを押さえつけると、この見習い、
「そんなことをするものか! 何を証拠にそんなことを言うのか。
おぬしの方が盗んだのを、わしのせいにするつもりではないのか!」
などと喚いたものだから、何だ、どうしたと、通りがかる者が集まって、
道も通れないほどになった。
そうして、運送責任者が出てきて、
「間違い無く、おまえが盗んで、懐へ入れた」
と決めつけるが、見習いは負けじと、
「いいや、むしろおまえが盗んだのだ!」
と叫ぶから、馬引きも怒って、
「では誰が盗んだのか、わしを含めて、全員の懐を調べてみようではないか」
「え、何もそこまでやらなくても……」
と慌てる見習いを前にして、馬引きはさっさと袴を脱ぎ、懐を広げると、
「さあよく見ろ!」
と、ぐいと見せつけた。
そうして、馬引きは、この見習いを捕まえるや、
「さあ、今度はおまえ様の番だぞ、お脱ぎなされませ!」
「そ、そんなみっともない真似ができるものか……」
と抵抗するのを、押さえつけて無理矢理に脱がしてみると、
腰に鮭が二本、ちゃんと挿してあった。
「ほらやっぱり!」
と鮭を引き抜いて見せつけると、見習いは、
「なんて無体な真似をしやがる奴らだ。こんなふうに素っ裸にしてみれば、
宮仕えの女御やお姫様にも、腰のところに鮭の一つや二つはあるに決っているではないか!」
そんなことを言い放ったから、立ち止まって見ていた周りの者も、
一度に、どっと笑ったという。
原文
大童子鮭ぬすみたる事
これも今は昔、越後国より鮭を馬に負ほせて、廿駄ばかり粟田口より京へ追ひ入れけり。それに粟田口の鍛冶がゐたる程に、頂禿げたる大童子のまみしぐれて 物むつかしう重らかにも見えぬが、この鮭の馬の中に走り入りにけり。道は狭くて、馬何かとひしめきける間、この大童子走り添ひて、鮭を二つ引き抜きて懐へ 引き入れてんげり。さてさりげなくて走り先だちけるを、この鮭に具(ぐ)したる男見てけり。走り先だちて、童の項を取りて引きとどめていふやう、「わ先生 (せんじやう)はいかでこの鮭を盗むぞ」といひければ、大童子、「さる事なし。何を証拠にてかうはのたまうぞ。わ主が取りて、この童に負ほするなり」とい ふ。かくひしめく程に上り下る者市をなして行きもやらで見合いたり。
さる程に、この鮭綱丁(かうちよう)、「まさしくわ先生取りて懐に引き入れつ」といふ。大童子はまた、「わ主こそ盗みつれ」といふ時に、この鮭につきた る男、「栓ずる所、我も人の懐見ん」といふ。大童子、「さまでやはあるべき」などいふ程に、この男袴を脱ぎて、懐を広げて、「くは、見給へ」といひて、ひ しひしとす。
さて、この男、大童子につかみつきて、「わ先生(せんじやう)、はや物脱ぎ給へ」といへば、童、「さま悪しとよ、さまであるべき事か」といふを、この 男、ただ脱がせに脱がせて前を引きあけたるに、腰に鮭を二つ腹に添えてさしたり。男、「くはくは」といひて引き出したる時に、この大童子うち見て、「あは れ、もつたいなき主かな。こがやうに裸になしてあさらんには、いかなる女御、后なりとも、腰に鮭の一二尺なきやうはありなんや」といひければ、そこら立ち 止りて見ける者ども、一度にはつと笑ひけるとか。
適当訳者の呟き。
よくわかりませんね。
鮭
でも実は最後の「腰の鮭」は、「腰の裂け」にかけて、女性の、裂けているところのことを言っているらしいです。何というか、今は、われめ、と言った方が伝わりますかねえ。
要するに、みんな下ネタ大好きだという話です。
[3回]
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