今は昔、とある修行者が、摂津の国へやって来た。
そして、ある日の暮れ方に、
竜泉寺という、大きくて古びたお寺へたどりついて、
無住とはいえ、ほかに宿泊できそうな場所も無さそうだったので、
その晩は、そこへ荷を下ろして、休ませてもらうことにした。
さて、修行者が、不動明王の真言を唱えながら、
「そろそろ夜も更けてきたな」
と思ううちに、ふと大勢の声が聞こえてきたので、顔を上げると、
いつの間にか、手に手に灯りを持った百人ばかりの連中が、
堂の中へと上がり込んでいたのであった。
しかもよくよく見れば、彼らは、一つ目の者など、
少なくとも人間ではなく、化け物の類。
角を生やした奴もいれば、何とも言えない恐ろしい頭をした奴もいる。
修行者はぞっと恐怖したが、今さら逃げ出すわけにも行かず、
そうこうしているうちに一同が座を占めたが、
最後の一人が、うろうろと、座る場所が無いようであった。
そして、灯りを振りながら修行者の顔をじっくり見たあとで、
「わしの席に、真新しい不動明王がいらっしゃるな。
まあ今夜ばかりは、外へお出になりなさい」
と、片手でひょいと修行者を掴むと、堂の縁の下へ移動させたのだった。
そうして、やがて、
「そろそろ夜明けも近いぞ」
というので、わいわい騒ぎながら帰って行った。
修行者は、
「め、めちゃくちゃ怖かった。恐ろしかった。
とにかく早く夜が明けてくれ。すぐにも出立するから!」
と念じているうちに、何とか、ようやく夜が明けた。
そして、辺りを見回すと、寺は無く、寺まで来た野道もどこにも見当たらない。
それどころか人が踏み分けた道の跡さえ無く、どちらへ行ったら良いのかも分らない。
途方に暮れかけていたところ、奇跡的に、
大勢のお供を引き連れ、馬に乗った人がやって来たから、
「ここはどこですか」
と、大喜びで尋ねると、
「おかしなことを聞くものだな。ここは肥前じゃ」
「え、肥前? 何てことだ!」
と、吃驚して、ことの次第を細かに話せば、馬上の人も、
「おかしなこともあったものだな。しかも肥前といってもここは奥の郡。
我らは御館へ向う途中だ」
とのことだったので、修行者はほっと一息吐いて、
「道も分らぬところでした。ともかく街道までお連れください」
と言って、そこから京都へ帰る方法を聞き、
船をつかってようやくのことで、京都へ帰ることが出来た。
そして、人々に、
「このようにおそろしい目に遭ったぞ
――摂津の国の竜泉寺という寺に泊った際、鬼どもが現れて、『狭いのう』などと言いながら、
『新しい不動尊よ、しばらく軒先におっ てくだされ』と、
我が身を抱き上げて軒先へ移したと思ったら、わしは肥前国奥の郡にいたのだ。
そういう恐ろしい目に、わしは遭遇したのじゃ」
と、後々まで語っていたという。
原文
修行者百鬼夜行にあふ事
今は昔、修行者のありけるが、津国まで行きたりけるに日暮れて、竜泉寺とて大きなる寺の古りたるが人もなきありけり。これは人宿らぬ所といへども、そのあたりにまた宿るべき所なかりければ、いかがせんと思ひて、笈打ちおろして内に入りてけり。
不動の呪(じゆ)を唱へてゐたるに、「夜中ばかりにやなりぬらん」と思ふう程に、人々の声あまたして来る音すなり。見れば、手ごとに火をともして、百人 ばかりこの堂の内に来集ひたり。近くて見れば、目一つつきたりなどさまざまなり。人にもあらず、あさましき者どもなりけり。あるいは角生ひたり。頭もえも いはず恐ろしげなる者どもなり。恐ろしと思へども、すべきやうなくてゐたれければ、おのおのみなゐぬ。一人ぞまた所もなくてえゐずして、火をうち振りて我をつらつらと見ていふやう、「我がゐるべき座に新しき不動尊こそゐ給ひたれ。今夜ばかりは外におはせ」とて、片手して我を引きさげて堂の縁の下に据ゑつ。 さる程に、「暁になりぬ」とて、この人々ののしりて帰りぬ。
「まことにあさましく恐ろしかりける所かな、とく夜の明けよかし。徃なん」と思ふに、からうじて夜明けたり。うち見まはしたれば、ありし寺もなし。はるば るとある野の来し方も見えず。人の踏み分けたる道も見えず。行くべき方もなければ、あさましと思ひてゐたる程に、まれまれ馬に乗りたる人どもの、人あまた 具して出来たり。いとうれしくて、「ここはいづくとか申し候ふ」と問へば、「などかくは問ひ給ふぞ。肥前国ぞかし」といへば、「あさましきわざかな」と思 ひて、事のさま詳しくいへば、この馬なる人も「いと希有の事かな」肥前国にとりてもこれは奥の郡なり。これは御館へ参るなり。といへば、修行者悦びて、 「道も知り候はぬに、さらば道までも参らん」といひて行きければ、これより京へ行くべき道など教へければ、舟尋ねて京へ上りにけり。 さて人どもに、「か かるあさましき事こそありしか。津国の竜泉寺といふ寺に宿りたりしを、鬼どもの来て『所狭いし』とて、『新しき不動尊、しばし雨だりにおはしませ』といひ て、かき抱きて雨だりについ据ゆと思ひしに、肥前国の奥の郡にこそゐたりしか。かかるあさましき事にこそあひたりしか」とぞ、京に来て語りけるとぞ。
適当訳者の呟き
これまた不思議な話ですね。
微妙に、この修行者の宣伝行為かもしれません。
摂津国の竜泉寺:
該当寺院が見つかりません。
竜泉寺なら、播磨姫路や、奈良の吉野などにありましたが、たぶん違います。
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