これも今は昔、白河上皇が、寝所でお休みになった折、
夢で物の怪に襲われた。
「物の怪には、しかるべき武具を枕元へ置くのがよろしいでしょう」
ということで、源義家を召し寄せると、
義家は、黒塗りの檀弓(まゆみ)を一張り献上した。
そうして、その弓を枕元へ立てたところ、
悪夢をご覧になることはなくなった。
上皇は喜ばれ、
「この弓は、前九年の合戦の折に使ったものではないか」
とお尋ねになったが、義家は覚えていない由、申し上げた。
上皇は、しきりに感心されていたという。
原文
白河院おそはれ給ふ事
これも今は昔、白河院御殿籠りて後、物におそはれさせ給ひける。「然るべき武具を、御枕の上に置くべき」と、沙汰ありて、義家朝臣に召されければ、檀弓の黒塗なるを、一張参らせたりけるを、御枕に立てられて後、おそはれさせおはしまさざしければ、御感ありて、「この弓は十二年の合戦の時や持ちたりし」と御尋ありければ、覚えざる由申されけり。上皇しきりに御感ありけりとか。
適当役者の呟き:
ふーん、ですね。
白河院:
しらかわいん。藤原摂関家を押えて、院政を開始された白河天皇さまです。
「僧兵、さいころの目、鴨川の水はどうにもならんぜ」という有名な台詞があります。
十二年の合戦:
前九年の役。
義家の父、源頼義が陸奥守・鎮守府将軍となって奥州赴任し、安倍氏を滅ぼすまで12年かかりました。
というわけで、昔は「奥州十二年合戦」と呼ばれていたようですが、どういうわけか、保元物語、太平記以降は「前九年」と呼ばれるようになったとか。
ちなみに、この後の、後三年の役で、空を飛ぶ雁がふと列を乱したのを見て、義家が敵の伏兵を察知した――という有名な逸話が登場します。
源義家:
みなもとのよしいえ。前九年の役でも父に従い、大活躍。
天下一の武勇の持ち主、八幡太郎義家とかいわれて、後世、源氏の神様扱いされます。
そのため弓も霊力を持つのです。
檀弓:
まゆみ。まゆみの木でつくった弓。まゆみで弓を作ること自体は、別に珍しいことじゃないみたいです。
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