今は昔、大納言・藤原忠家という貴族が、隠居する前、
たいそう美しく、魅力に満ちあふれた女のもとへ夜這いして、
愛を語らっているうちに、夜が更けてきた。
昼間より明るいほどの月夜だったから、忠家は思わず御簾をあげて、
部屋の敷居際まで出ると、扇でその女を引き寄せた。
すると女は、高々と屁を鳴らした。
女は言葉を失い、くたくたとその場にへこたれたが、
忠家の方も、
「何と心憂きことに遭うものかな……もはやこんな世の中に未練は無い。
出家する」
と、御簾を少しあげて忍び出ると、
もう絶対に出家するのだと思いながら、数歩ばかり足を動かしたところで、
(しかし、あの女が失態を犯したからといって、わしが出家することはあるだろうか?)
と思い直すと、さっさとその家から逃げ出したのだった。
女がその後どうなったかは、知らない。
原文
藤大納言忠家物言女放屁事
今は昔、藤大納言忠家といふける人、いまだ殿上人におはしける時、美々(びび)しき色好(いろごの)みなりける女房と物いひて、夜ふくる程に、月は晝 (ひる)よりもあかあかしけるに、たへかねて、御簾(す)をうちかづきて、なげしのうえにのぼりて、扇をかきて、引(ひき)よせられける程に、いとたかく ならしてけり。女房は、いふにもたへず、くたくたとして、よりふしにけり。この大納言「心うきことにもあひぬるものかな。世にありても何(なに)にかはせ ん。出家せん」とて、御簾(す)のすそをすこしかきあげて、ぬき足をして、うたがひなく、出家せんと思ひて、二間(けん)ばかり行(ゆく)ほどに、そもそ も、その女房あやまちせんからに、出家すべきやうやはあると思ふ心またつきて、ただただと、走(はし)出(い)でられにけり。女房はいかがなりけん、知らずとか。
適当訳者の呟き
宇治拾遺物語の本領発揮ですね!
藤大納言忠家:
藤原忠家。Wikipediaにも記載されていないような、普通の貴族ですけど、道長の孫です。
なげしのうえにのぼりて:
長押の上? なげしって、部屋の入口の、上の部分だべと思うたら、今の敷居部分にあたる「下長押」というのもあったようです。
http://www.iz2.or.jp/kizoku/chodo.html
[5回]
PR