今は昔、兵衛佐(ひょうえのすけ)という人がいた。
冠の上げ緒(あげお)の紐が長かったので、世の人から、
「上げ緒の主(ぬし)」
とあだ名を付けられていた。
西の八条と京極との畑の中に、みすぼらしい小屋が一つあって、
ある時、上げ緒の主が前を通り過ぎた時のこと。
不意に夕立になったので、馬から下りてこの家に入って、
見れば、女が一人住んでいる。
上げ緒の主は、馬を引き入れ、
平らな、小唐櫃の箱のようになった石があるので、そこへ腰を下ろして、
夕立が過ぎるのを待っていた。
そして、その辺の小石を手遊びにして、腰掛けた石を叩いているうち、
ふと見ると、小石で叩いてくぼんだところが金色になっている。
あり得ないことだと思い、色の禿げたところへ土を塗り隠して、
女へ尋ねた。
「この石は、何の石かね」
女が言うには、
「何の石でございましょうか。昔よりそうしてあるものです。
ここには昔、長者の家がありまして、この小屋は、その蔵の跡なのでございます」
なるほど、見ればほかにも、基礎に使われたような大きな石がある。
そして女は、
「あなた様が尻にかけてらっしゃる石は、蔵の跡を畑にしようと畝を掘っていた時、
土の中から出てきたものでございます。
そういうものが私の家にあり、取りのけようと思いますが、女の力は弱うございます。
運び出す方法もございませんので、憎々しく思いながら、そこへ置いているのです」
そんなことを言うので、上げ緒の主は、
この石を自分がもらって、後で目の利く者に見せてやろう――そう思い、
「ではこの石、わしが持って行ってやろう」
女に言うと、
「それは嬉しきことにござります」
と言うので、その辺の見知った下人に、空いている車を借りに行かせ、
石を積み込んで出て行こうとするときに、
この石をただで持って行くのも罪を得そうなものだ、と思って、
つと綿衣を脱いで女へ与えた。
女は、予想もしていなかったので驚き騒いでいる。
上げ緒の主は、
「この石は、女どもには不要なものであろうが、我家へ持ち帰れば使い道もあるのだ。
それゆえ、ただで持って行くのも罪作りなようなので、こうして衣を与えるのだ」
そう言うと、女は、
「思いも掛けぬことです。
無用の石のかわりに、けっこうな宝の御衣の、たいへんな綿をいただけるとは、
まことにおそれ多いことでござります」
と言い、棹があるのでそこへ掛けて、拝み上げるのだった。
(つづく)
原文
上緒の主得金事
今は昔、兵衛左(ひやうゑのすけ)なる人ありけり。冠の上緒(あげを)の長かりければ、世の人、「上緒の主(ぬし)」となん、つけたりける。西の八條と京極との畠の中に、あやしの小家一つあり。その前を行程に、夕立のしければ、此家に、馬よりおりて入りぬ。みれば、女ひとりあり。馬を引いれて、夕立をすごすとて、平なる小辛櫃(からひつ)のやうなる石のあるに、尻をうちかけてゐいたり。小石をもちて、此石を、手まさぐりに、たゝき居たれば、うたれてくぼみたるところを見れば、金色になりぬ。
希有のことかなとおもひて、はげたるところに、土をぬりかくして、女に問ふやう、「此石はなぞの石ぞ」。女の云やう、「何の石にか待らん。むかしよりかくて待るなり。昔、長者の家なん待りける。此家は倉共の跡にて候なり」と。誠に、みれば、大なる石ずゑの石どもあり。
さて「その尻かけさせ給へる石は、其倉のあとを畠につくるとて、うねほる間に、土の下より掘出されて待也。それが、かく屋のうちに待れば、かきのけんと思侍れど、女は力弱し。かきのくべきやうもなければ、憎む憎むかくて置きて侍るなり」と云ければ、われ此石とえりて、後に目くせある者もぞ見つくる、と思ひて、女いふやう、「此石われとりてんよ」といひければ、「よき事に侍り」といひければ、其邊に知りたる下人を、むな車をかりにやりて、つみて出でんとする程に、綿衣(わたぎぬ)をぬぎて、たゞにとらむが、罪得がましければ、この女にとらせつ。心も得えでさわぎまどふ。「この石は、女どもこそよしなし物と思ひたれども、我が家にもていきて、つかうべきやうのあるなり。されば、たゞにとらんが罪得がましければ、かく衣をとらするなり」といえば、「思ひかけることなり。不用(ふよう)の石のかはりに、いみじき寶の御衣(をんぞ)の綿のいみじき、給らんものとは、あなおそろし」といひて、棹の有にかけておがむ。
適当訳者の呟き:
さあ、第十三巻。続きます!
上緒:
あげお。
あご紐ではありません。冠が脱げないように、冠の左右につけ、引き上げて髻(もとどり)の根にくくり結ぶための紐のこと――と出ます。
何だかよく分かりませんが、
この辺をご参考に見ていただくと、分るかと思います。
綿衣:
わたぎぬ。後世の、どてらとか、厚い綿入れの立派な上着ではなく、この時代だと、綿を広げて伸ばして、そのまま肩にかけるものみたいです。
[2回]
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