昔、ある人に物の怪が取り憑いたので、
これを巫女さんに降ろしてみたところ、
「我は祟りを為さんとして憑いた物の怪にあらず、通りがかりの狐なり。
子供が塚穴で腹を空かし、このような場所には食い物が散らばっていると思い、
やって来たまでのこと。しとぎ餅を食らうたら、退散するであろう」
と、そんなことを言うので、しとぎ餅を用意して、お盆いっぱいに出すと、
少し食べて、
「これはうまい、実にうまい」
と言っている。
「まさか、この女が餅を食いたいだけで、狐憑きのふりをしているだけじゃないか?」
と、周りで睨んでいると、
「紙を一枚おくれ。餅を包み、年老いた母やわが子に食わせるゆえ」
と言うので、二枚の紙で、しとぎ餅を互い違いに包んでやった。
そうして巫女は、大きな包みを腰に挟んだので、それが胸までかかって見える。
「いざ追い払い給え、退散するゆえ」
と、修験者に言うので、周りも、
「追い払え、追い払え」
と言っていると、巫女は立ち上がり、そのまま倒れ伏したのだった。
しばらくして、巫女が起き上がってみると、懐にしまったはずのものが無くなっていた。
消え失せたとは、まことに不思議じゃないか。
原文
狐人につきてしとぎ食事
昔、物のけわづらひし所に、物のけわたしし程に、物のけ、物つきにつきていふやう、「おのれは、たたりの物のけにても侍らず。うかれまかり通りつる狐也。塚屋に子どもなど侍るが、物をほしがりつれば、かやうの所には、くひ物ちろぼふ物ぞかしとて、まうできつるなり。しとぎばらたべてまかりなん」といへば、しとぎをせさせて、一折敷とらせたれば、すこし食ひて、「あなうまや、あなうまや」といふ。「此女の、しとぎほしかりければ、そらものづきてかくいふ」と、にくみあへり。「紙給はりて、是つつみてまかりて、たうめや子共などに食はせん」といひければ、紙を二まい引ちがへて、つつみたれば、大やかなるを腰にはさみたれば、むねにさしあがりてあり。かくて、「追ひ給へ。まかりなん」と、驗者にいへば、「追へ追へ」といへば、立ちあがりて、たふれふしぬ。しばし斗ありて、やがておきあがりたるに、ふとおころなるものさらになし。
失せにけるこそふしぎなれ。
適当役者の呟き
何だか、古文がたどたどしいです。
しとぎ:
――水に浸した生米をつき砕いて、種々の形に固めた食物。神饌(しんせん)に用いるが、古代の米食法の一種といわれ、後世は、もち米を蒸して少しつき、卵形に丸めたものもいう。しとぎもち。
要するに、お団子と言いますか、お餅ですね。
[5回]
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