宇治拾遺物語　現代語訳ブログ

巻九　（１０８）越前敦賀の女、観音たすけ給ふ事　（２）

（最初から）　

　娘がのぞき見ると、一行の主人は、三十歳ぐらいの、
　実にうるわしい男であった。
　家来も二三十人、下人たちもあわせれば総勢で七八十人はいると思われた。

　板の間にそのまま座っているので、娘は、むしろや畳を差し上げたいと思ったが、
　そんなものは家に無く、恥ずかしさに小さくなっていると、
　旅人はやがて、皮籠を包んできた筵を取り出し、
　敷皮の上に重ねて、そこへ幕を引き回し始めた。
　そうして、バタバタしているうちに日も暮れてきたが、
　彼らがものを食べる様子を見せない、つまり食事を持っていないためであろう。
　何かあれば差し上げるのにと、娘がまた気を揉んでいるうち、その夜も更けた。

　と、旅人が、娘の側へ寄る気配がしたと思うと、
「中に座す御方、近くへお寄りください。お話があります」
　というので、
「何ごとにござりまするか」
　と、にじり寄ったところ、間に何も阻むものも無いから、
　さっと男が中へ入ってきて、そこに居座ってしまった。
「これは如何なることですか」
　と驚いたが、男の有無を言わさぬ様子と、
　夢のお告げのこともあったから、娘は拒まなかった。

　男は、美濃国のとある猛将の一人息子で、
　親が亡くなってからは、さまざまの遺産により親にも劣らぬ生活を送っていたが、
　愛していた妻に先立たれて、その後ずっと独身で通していたという。
　婿に来て欲しいと、あちこちから声はかかったが、
　ありし日の妻に似た人を、と思って、ずっと独り身であった。

　それでこの日。
　男は若狭の国に用務があって行く途中であり、
　昼間にこの屋敷へ到着した際、片隅に女がいたのを、何も隔てるものがないから、
　どんな人であろうかとのぞき見ていたところ、それはただ、ありし日の妻であった。

　そう思うと目も眩み、心は落ち着かず、
「とにかく早く、早く日が暮れよ。近くで確かめたい」
　との一念で、今夜とうとう、女のもとへ入ったのだった。

　娘の物言う始めから、亡き妻と露ほども違うところがないから、
「あきれるほどだ。こんなこともあるのか」
　と感動し、
「若狭へ来ようとしなければ、この御人を見ることもなかったのだ」
　と、男にしてみればたいへん心ときめく旅となったのである。

　若狭での用務は、十日ほど費やす必要があったが、何せこの女が恋しいから、
「夜明けとともに出立し、翌日すぐに帰るから」
　男は女へ何度も約束し、さらに寒そうであったから衣を着せてやって、
　郎党四五人と、その従者も数人選ぶと、
　ぜんぶで二十人ばかりの人を残して出て行ったのだった。

　が、女の家にはそれだけの人を食わせるだけの物が無い。
　馬にやる草さえ無いから、さあどうしたら良いものかと、女は困り果ててしまった。

（つづき）

原文

越前敦賀の女、観音たすけ給ふ事（つづき）
のぞきてみれば、あるじは三十ばかりなる男の、いときよげなる也。郎等二三十人ばかりある、下種などとり具して、七八十人ばかりあらんとぞみゆる。たゞゐにゐるに、むしろ、たゝみをとらせばやと思へども、はずかしと思てゐたるに、皮子むしろを乞ひて、皮に重て敷きて、幕引まはしてゐぬ。ぞゞめくほどに、目もくれぬれども、物くふとも見えぬは、物のなきにやあらんとぞ見ゆる。物あらばとらせてましと思ひゐたるほどに、夜うちふけて、この旅人のけはひにて、「このおはします人、寄らせ給へ。物申さん」といへば、「なにごとにか侍らん」とて、いざり寄りたるを、なにのさはりもなければ、ふと入りきてひかへつ。「こはいかに」といへど、いはすべきもなきにあはせて、夢にみし事もありしかば、とかく思ひいふべきにもあらず。
この男は、美濃国に猛将ありけり、それがひとり子にて、その親うせにければ、よろずの物うけつたへて、親にもおとらぬ者にてありけるが、思ける妻におくれて、やもめにてありけるを、これかれ、聟にとらんといふもの、あまたりけれそも、ありし妻に似たらん人をと思て、やもめにて過しけるが、若狭に沙汰すべきことありて行なりけり。ひるやどりいる程に、かたすみにゐたる所も、なにのかくれもなかりければ、いかなる者のゐたるぞと、のぞきて見るに、たゞありし妻のありけるとおぼえければ、目もくれ、心もさわぎて、「いつしか、疾く暮よかし。近からんけしきも試みん」とて、入きたるなりけり。
ものうついひたるよりはじめ、露たがふ所なかりければ、「あさましく、かゝりけることもありけり」とて、「若狭へと思ひたゝざらましかば、この人を見ましやは」と、うれしき旅にぞありける。若狭にも十日ばかりあるべかりけれども、この人のうしろめたさに、「あけば行て、又の日帰べきぞ」と、返々契おきて、寒げなりければ、衣もきせおき、郎等四五人ばかり、それが従者などとり具して、廿人ばかりの人あるに、物くはすべきやうもなく、馬に草くはすべきやうもなかりければ、いかにせましと、思なげきける程に

適当訳者の呟き：
原文、途中ですがここで切ります。
食糧を持たずに旅をしていたのですね。

　

[2回]

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2011/12/22 (Thu) ◆宇治拾遺物語（巻９） Trackback() Comment(0)