割と最近のこと。
とある女が、雲林院の菩提講のため、大宮へ参詣する途上、
西院の辺りの石橋へさしかかった。
その水辺を同じように、二十歳過ぎ、三十くらいの女が、裾を上げて歩いていたが、
この女が石橋を踏み、ひっくり返した。
と、そのすぐ後ろ、ひっくり返った石橋のすぐ下を見れば、
まだら模様の蛇――くちなわが、きりきりととぐろを巻いていた。
「石の下に蛇がいる」
と呟くうちに、その蛇が女の後ろをついて、ゆらゆらとついて行くので、
これはおかしい、何を思ってあの蛇はついて行くのか――
踏まれたのを恨みに思い、報復しようとしているのではないか。
ともかく蛇のすることを見届けようと、こちらもあとをついて行くと、
石橋をひっくり返した女の方は、時々後ろを振り返ったりするものの、
自分のすぐ後ろに、蛇がついているとは知るよしもない。
周りには、同じように道を行く人もいたが、
蛇が女のお供のようにしてついて行く姿を見つける者もいない。
ただ一人、最初に気がついた女の目にだけ見えるようだから、
何はともあれ、蛇が何をしようというのか見届けるため、
気づいた女は、前の女のあとを離れず、歩いて行く。
と、そのうちに雲林院へとやって来た。
寺の板敷きにあがり、蛇つきの女が座れば、
蛇も板敷きにあがって、傍らにとぐろを巻いて伏せる。
やはり、それに気づいて騒ぎ立てる者はない。
あり得ないことだと思いつつ、目を離さず観察しているうち、
菩提講は終り、蛇つきの女が立ち上がると、やはり、蛇も付き従って出て行く。
それでこちらの女も、蛇が何をするつもりか確かめるため、
あとをついて、京都方面へと出て行った。
山を下りて行くと、家があり、女はそこへ入った。
蛇も続いて入る。
これがあの女の家か。
けれどあの蛇も、昼間のうちはおかしな様子も見せないだろう、
夜になれば何かするに違いない、夜のありさまを見たいものだ――。
そう思ったが、こっそりと確かめるすべが無かったので、家へ歩み寄ると、
「田舎から参りました者で、今夜泊るべきところもございません。
今宵一晩、宿をお貸し願えませんでしょうか」
と頼んだ。
すると年老いた女が出てきて、
「誰か何か言ったか?」
と言うので、これがこの家の主人だなと思い、
「今夜ばかり、宿をお貸しください」
と再度頼んだ。
「ああ、よくお越しになりました。まあお入り」
と言うので、これはしめたと、入って見ると、板敷きの上の間に例の女がいる。
蛇は、板敷きの間の下手、柱の根本へとぐろを巻いていた。
やはり、蛇は女から目を離さない様子。
蛇がついた女は、
「殿様におかれては」
というようなことを話しているので、どうやら宮仕えをしているらしい。
【つづき】
原文
石橋の下の蛇(くちなは)の事
此ちかくの事なるべし。女ありけり。雲林院の菩提講に、大宮をのぼりに参りけるほどに、西院の邊ちかくなりて、石橋ありける。水のほとりを、廿あまり、三十ばかりの女、中ゆひてあゆみゆくが、石橋をふみ返して過ぎぬるあとに、ふみ返されたる橋のしたに、まだらなる蛇の、きりきりとしてゐたれば、「石の下に蛇のありける」といふほどに、此ふみ返したる女のしりに立ちて、ゆらゆらとこの蛇の行ば、しりなる女の見るに、あやしくて、いかに思ひて行にかあらん。ふみ出されたるを、あしと思て、それが報答せんと思にや。これがせんやう見んとて、しりにたちて行に、此女、時々は見かへりなどすれども、わがともに、蛇のあるとも知らぬげなり。又、おなじやうに行人あれども、蛇の、女に具して行を、見つけいふ人もなし。たゞ、最初見つけつる女の目にのみ見えければ、これがしなさんやう見んと思て、この女のしりをはなれず、あゆみ行程に、雲林院に参りつきぬ。
寺の板敷にのぼりて、此女ゐぬれば、此蛇ものぼりて、かたはらにわだかまり伏したれど、これを見つけさわぐ人なし。希有のわざかなと、目をはなたず見るほどに、講はてぬれば、女立ち出づるにしたがひて、蛇もつきて出ぬ。此女、これがしなさんやう見んとて、尻にたちて、京ざまに出でぬ。下ざまに行とまりて家有。その家に入れば、蛇も具して入ぬ。これぞこれが家なりけると思ふに、ひるはすがたもなきなめり、夜こそとかくすることもあらんずらめ、これか夜のありさまを見ばやと思ふに、見るべきやうもなければ、其家にあゆみよりて、「田舎よりのぼる人の、行きとまるべき所も候はぬを、こよひばかり、宿させ給はなんや」といへば、この蛇のつきたる女を家あるじと思ふに、「こゝに宿り給人あり」といへば、老たる女いできて、「たれかのたまふぞ」といへば、これぞ家のあるじなりけると思て、「こよひばかり、宿かり申なり」といふ。「よく侍なん。いりておはせ」といふ。うれしと思て、いりて見れば、板敷のあるにのぼりて、此女ゐたり。蛇は、板敷のしもに、柱のもとにわだかまりてあり。目をつけて見れば、この女をまもりあげて、此蛇はゐたり。蛇つきたる女「殿にあるやうは」など、物がたりしゐたり。宮仕する者なりとみる。
適当訳者の呟き
ちょっと長めのお話。続きます!
正直なところ、蛇を従える方も、それを観察する方も、どちらも「女」と出てくるので、小説的には分りにくいです。
雲林院:
うんりんいん。京都北部、紫野にあった大きなお寺で、付近一帯は狩りを楽しむことができるような、風光明媚な場所だったようです(もともとは、天皇様の離宮だったとか)。
平安後期以降は衰退したようで、鎌倉時代になると跡地(敷地)に、大徳寺が建てられました(そして雲林院自体は、大徳寺付属のお寺になりました)。
紫式部もよく訪れていたようです。
菩提講:
ぼだいこう。菩提講と言うのは、観世音菩薩信仰の、来世に極楽浄土に生まれる為に法華経を唱えて、皆で集まる、一つの宗教行事――と出ました。
何でも、「菩提講」発祥の地として、雲林院は有名だったようです。
http://www.kanze.com/yoshimasa/nonotayori/unrinin.htm
石橋を踏み返す:
踏み返すというのは、踏んで、ひっくり返すことみたいです。
けっこう小さな石橋だったのですね。
[3回]
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