(つづき)
定重は家来を呼び、
「わしの供の中に、真珠を持った者はおるか。いれば尋ねて呼べ」
と言うと、例の小うるさい唐人の下働きが素早く、
男の袖を捕えてきて、
「さあ、これだこれだ」
と引き立てて来るので、定重が、
「まことに、真珠を持っているか」
と尋ねると、しぶしぶ、
「あります」
と言う。
「さ、それをわしに渡して」
と、唐人が急かすので、男が袴の腰から取り出したものを、
定重が郎党に命じて取らせた。
そして相手へ手渡せば、唐人はそれを打ち振ったと見ると、
ただちに駆け出して、奥へ入った。
どうしたのかと見ていると、出てきた唐人が、
七十貫の銭の質として渡しておいた太刀を十本とも返却したので、
定重は、あきれたように見ていた。
着古した水干一着と交換したものを、それだけの物と交換したのだ。
実に驚くべきことではないか。
このように、真珠の価値が限りないものだということは、
この時代に始まったことではない。
筑紫に、どうししょうず、という者がいた。
しょうずの話によれば、彼が昔、用事で出かけた際、とある男が、
「玉を買わないか」
と言って、紙切れの端に包んだ真珠を懐から出したので、
取ってみると、モクゲンジの、小さな実よりも小さな玉だった。
「これは幾らだ」
と尋ねれば、
「絹20疋」
というので、それは安いといい、しょうずは、出かけるのをやめて、
玉を持っていた男を連れて家に帰ると、ありったけの絹、60疋ほども取らせた。
「これだけの真珠ならば、絹20疋ばかりでは済まないだろうに、
おまえがそれだけだと言うのが可哀相だから、60疋取らせるのだ」
そう言ってやると、男は喜び、立ち去った。
さてその後、しょうずは、真珠を持って唐へ渡った。
道中はおそろしいものだったが、真珠を肌身離さず、
お守りのようにして首にかけていた。
そのうち、風が悪くなった。
唐人の中では、悪い波風に遭遇した際は、
舟で一番の宝を海へ投げ入れるならわしになっているから、
「あいつの玉を、海へ入れよう」
と言うが、しょうずは、
「この玉を海へ投げ込むようでは、わしは生きている甲斐もない。
海へ投げ込むなら、我が身ごと投げ込め」
と、抱きかかえるようにしていたから、
さすがに強いて海へ投げ入れることもできず、とやかく言っているうち、
玉を失う必要は無いという、徳があったのだろう、風がおさまってきたため、
一同喜んで、しょうずも玉を投げ込まずに済んだ。
その舟の一ノ船頭も大きな真珠を持っていたが、
そちらは少し平たく、彼の玉には劣っていた。
(つづく)
原文
玉の価はかりなき事(つづき)
さだしげ、人を呼びて、「この共なる者の中に、玉持ちたる者やある。それ尋ねて呼べ」といひてれば、このさへづる唐人走り出でて、やがてそのをのこの袖を控へて、「くは、これぞこれぞ」とて、引き出でたりければ、さだしげ、「まことに玉や持ちたる」と問ひければ、しぶしぶに、候由をいひければ、「いで、くれよ」と乞はれて、袴の腰より取り出でたりけるを、さだしげ、郎等(らうどう)して取らせけり。それを取りて、向ひ居たる唐人、手に入れ受け取りて、うち振りみて、立ち走り、内に入りぬ。何事にもかあらんと見る程に、さだしげが七十貫が質に置きし太刀どもを、十ながら取らせたりければ、さだしげはあきれたるやうにてぞありける。古水干(ふるすいかん)一つにかへたるものを、そこばくの物にかへてやみにけん、げにあきれぬべき事ぞかし。
玉の価(あたひ)は限なきものといふ事は、今始めたる事にはあらず。筑紫にたうしせうずをいふ者あり。それがかたりけるは、物へ行きける道に、をのこの、「玉や買ふ」といひて、反古(ほうご)の端に包みたる玉を、懐より引き出でて、取らせたりけるを見れば、木欒子(もくれんじ)よりも小さき玉にてぞありける。「これはいくら」と問ひければ、「絹廿疋」といひければ、あさましと思ひて、物へ行きけるをとどめて、玉持のをのこ具して家に帰りて、絹のありけるままに、六十疋ぞ取らせたりける。「これは廿疋のみはすまじきものを、少なくいふがいとほしさに、六十疋を取らするなり」といひければ、をのこ悦びて去にけり。
その玉を持ちて、唐に渡りけるに、道の程恐ろしかりけれども、身をも放たず、守などのやうに、首にかけてぞありける。悪しき風の吹きければ、唐人は悪しき波風にあひぬれば、舟の内に一の宝と思ふ物を海に入るるなるに、「このせうずが玉を海に入れん」をいひければ、せうずがいひけるやうは、「この玉を海に入れては、生きてもかじあるまじ。ただ我が身ながら入れば入れよ」とて、抱へて居たり。さすがに人を入るべきやうもなかりければ、とかくいひける程に、玉失ふまじき報やありけん、風直りにければ、悦びて、入れずなりにけり。その舟の一の船頭といふ者も、大きなる玉持ちたりけれども、それは少し平(ひら)にて、この玉には劣りてぞありける。
適当訳者の呟き:
さらに続きます!
たうしせうず:
これがさっぱりわかりません。
あたくしの参照している古い解説には、たうしは「導師」なるべし、せうずは名なり。とありますが、何だか違和感があります。
福岡県に、清水と書いて「しょうず(せうず)」と読む地名があるので、「導師清水」とか漢字にしても良いのかもしれませんが、やっぱり変なので、あきらめて、どうししょうず、と書いています。
せうず、の方は「少弐」とか、官職方面の呼称かもしれません。「少領」とか。
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