(つづき)
さて、唐の国に到着して、
「真珠を買おう」
という人のもとへ行くというので、
船頭が自分の真珠も、しょうずへ預けたところ、途中で落としてしまった。
びっくりして騒ぎ回って、探したがどこにあるかと悩ましく、
しょうずは仕方なく、自分の真珠を取り出して、
「あなたの玉を落としてしまい、どうしようもない。かわりにこれを」
と、与えようとすると、
「自分の真珠はこれには劣っていた。
あの真珠のかわりに、この玉を得るのでは、罪が深くなる」
と、返却したから、さすがに、日本の人は違っている。
この唐の国の人間ならば、きっと取っただろう。
そうして、無くした玉のことを嘆きつつ、
仕方ないので、しょうず、遊女のもとへでかけた時のこと。
二人が寝物語しているついでに、胸を触っていると、
「どうしてこんなに胸が騒ぐのかしら」
と聞かれるから、
「これこれの人の真珠を落として、それが大事なものだから、胸騒ぎがするのだ」
「それは、胸騒ぎがするでしょうね」
と、遊女は言った。
さて二日ほど経って、この遊女のもとから、
「少しお伝えしたいことがあります。今の時間を外さず、お越し下さい」
と言うので、何事かと思って急いで行くと、
表の入口ではなく、隠れ口から呼び入れるので、どうしたのだと思いながら入ると、
「これは、もし、あなた様が落とした玉ではありませんか」
と、取り出したものを見れば、まさしく、しょうずが預かった真珠だった。
「これはどうしたこと」
と驚き、尋ねれば、
「ここへ、玉を売ろうと通りかかった男がいて、
あなたがそんなことを言っていたことを思い出しましたので、
呼び入れて確かめれば、確かに大きな玉なので、もしやと思い、
言い留めて、あなた様をお呼びしたのです」
と言う。
「何ということだ。どこだ、この真珠を持って来た男は」
と言うと、
「あそこで待っております」
呼びにやり、連行されてくる男に、
「これは、これこれで、あの辺で落とした玉だ」
と言えば、男も弁解できず、
「確かに、その辺で見つけた玉です」
と白状したから、ささやかな礼物を取らせて、帰らせるのだった。
そうして、真珠を船頭へ返却した後、
しょうずは、自分の真珠と、唐の綾5000反と引き替えにした。
綾の1反は、美濃絹にすれば5疋ほどにもなる。
その価値からすると、しょうずは絹60疋と引き替えた玉を、5万貫で売ったようなものである。
このことを思えば、定重が、70貫ほどの質物と引き替えにしたことも、
それほど驚くべきことではないと、人は語ったという。
原文
玉の価はかりなき事(つづき)
かくて唐に行き着きて、「玉買はん」といひける人のもとに、船頭が玉を、このせうずにもたせてやりける程に、道に落してけり。あきれ騒ぎて、帰り求めけれども、いづくにあらんずると思ひ侘びて、我が玉を具して、「そこの玉落しつれば、すべき方なし。それがかはりにこれを見 よ」とて取らせたれば、「我が玉はこれには劣りたりつるなり。その玉のかはりに、この玉を得たらば、罪深かりなん」とて返しけるぞ、さすがにここの人には違ひたりける。この国の人ならば取らざらんやは。
かくてこの失ひつる玉の事を歎く程に、遊(あそび)のもとに去にけり。二人物語しけるついでに、胸を探りて、「など胸は騒ぐぞ」 と問ひければ、「しかじの人の玉を落して、それが大事なる事を思えば、胸騒ぐぞ」といひければ、「ことわりなり」とぞいひける。
さて帰りて後、二日ばかりありて、この遊のもとより、「さしたる事なんいはんと思ふ。今の程時かはさず来」といひければ、何事かあらんとて、急ぎ行きたりけるを、例の入る方よりは入れずして、隠れの方より呼び入れければ、いかなる事にあらんと、思ふ思ふ入りたりけ れば、「これは、もしそれに落したりけん玉か」とて、取り出でたるを見れば、違はずその玉なり。「こはいかに」とあさましくて問へば、 「ここに玉売らんとてすぎつるを、さる事いひしぞかしと思ひて、呼び入れて見るに、玉の大なりつれば、もしさもやと思ひて、いひとどめて、呼び にやりつるなり」といふに、「事もおろかなり。いづくぞ、その玉持ちたりつらん者は」といへば、「かしこに居たり」といふを、呼び取りてやりて、玉の主のもとに率て行きて、「これはしかじかして、その程に落したりし玉なり」といへば、えあらがはで、「その程に見つけたる玉なりけり」とぞ いひける。いささかなる物取らせてぞやりける。
さてその玉を返して後、唐綾(からあや)一つをば、唐には美濃五疋が程にぞ用ひるなる。せうずが玉をば、唐綾五千段にぞかへたり ける。その価の程を思ふに、ここにては絹六十疋にかへたる玉を、五万貫に売りたるにこそあんなれ。それを思へば、さだしげが七十貫が質返したり けんも、驚くべくなき事にてありけりと、人の語りしなり。
適当訳者の呟き:
長い話でした。
いくら何でもそんなに価値があるのかしらと思ったりもしますが。
さすがにここの人には違ひたりける。この国の人ならば取らざらんやは:
「ここの人」は日本人。
「この国の人」は中国人。
昔から、そういうことが言われていたのですね。
唐綾、美濃:
綾というのは、要するに、唐の国でつくられる高級な織物のことで、美濃は美濃絹、美濃の国(岐阜県)でつくられる絹織物のこと。舶来品よりは、品質が劣るということです。
[6回]
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