今は昔、一条の桟敷屋敷に、ある男が泊り、
遊女と共寝をした時のこと。
夜中ごろになって強い風が吹き、雨も降り出して、
天候が大荒れになってきた。
そんな状況で、大路を、
「諸行無常」
と唱えながら、行き過ぎる者がある。
何者だと思い、蔀を少し押して外を見れば、
身の丈は建物の軒先と同じほどの、馬の頭をした鬼がそこにいたものだから、
男は恐ろしさに、蔀を戻して奥の方へ入れば、
鬼が格子戸を開け、顔を差し入れて、
「よくよくとご覧じろ、ご覧じろよ」
と言う。
男は太刀を抜き、踏み入れば斬ると身構えて、
女は傍らへ置いて待ち構えていると、
「よくよくとご覧じろよ」
と言って、鬼は立ち去るのだった。
百鬼夜行なのだと、恐ろしく思った。
そうして男は、一条の桟敷屋には二度と泊らなかったという。
原文
一條棧敷屋鬼の事
今は昔、一條桟敷屋に、ある男とまりて、傾城とふしたりけるに、夜中ばかりに、風ふき、雨ふりて、すさまじかりけるに、大路に、「諸行無常」と詠じて過ぐ る者あり。なに者ならんと思ひて、蔀をすこし押し明けてみければ、長は軒と等しくて、馬の頭なる鬼なりけり。恐ろしさに、蔀を掛けて、奥の方へ入りたれば、この鬼、格子押しあけて、顔をさし入れて、「よく御覧じつるな、御覧じつるな」と申しければ、太刀を抜きて、入らば斬らんと構へて、女をば、そばに置 きて待ちけるに、「よくよく御覧ぜよ」と言ひて去にけり。
百鬼夜行にてあるやらんと、恐ろしかりけり。それより、一条の桟敷屋には、またも泊まらざりけるとなん。
適当訳者の呟き:
これで、長かった12巻もおしまいですー!
「よく御覧じつるな」というのが、何か良い感じです。
一條桟敷屋:
いちじょうさじきや。京都の一条にあった、桟敷のようにこしらえた、簡単な家屋。
この話を見ると、桟敷屋というのは、要するに売春宿のことみたいですね。
辞書を見ると、「桟敷屋:桟敷殿と同じ」とありまして、「桟敷殿」を見ると「眺望を楽しむために高くつくった建物」とあります。というわけで少なくとも、きたならしい、居心地の悪い場所にあったわけではなさそうです。むしろ、金を払って利用する、すてきなラブホテル的な場所だったと思われます。平安時代の、雅なラブホですね。
けいせい:
傾城。城をかたむけるほどの美姫、要するに遊女、売春婦のこと。洒落た言い方ですね。
[2回]
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