【ひとつ戻る】
そんな感じで、日はあっという間に暮れて、暗くなった。
暗闇では蛇のありさまを観察できないので、家の主の老婆へ、
「このようにお泊めいただくかわりに、麻はございますでしょうか。
紡ぎまして、さしあげますので、火をつけてください」
と言うと、
「それはありがたいことを仰せ下さる」
と、火をともして、麻を手渡すと、女はそれを績みつつ、
横目に見ると、例の女はすでに伏せて眠っていた。
今のうちなら近寄れる、とは思ったが、やめにして、
また、蛇のことを告げようとも思ったが、
告げればこの自分が怪しまれるかもしれないと、
結局何も言わず、夜中過ぎまるまで見守っていたが、
そのうちに何も見えないほどに火が消えてしまったので、こちらも寝ることにした。
そして翌朝。
どうなったと思い、慌てて起きると、
例の女は機嫌良く目覚めていて、
何事も無いように、家の主人と思しき老婆へ、
「夢を見ましたわ」
と言っている。
「どのようなものをご覧になったね」
「私が眠る枕元に、人のいる気配がして、見れば、
腰より上は人、下は蛇という、たいそう美しい女性がいました。
そしてその方が、こんなことを仰いました。
『私は人を恨めしく思ったために、このように蛇の身となり、
石橋の下で、多くのやるせない年月を過ごして参りました。
それが昨日、あなた様が、私の重しとなっていた石を踏み返してくださり、
石の苦しみを免れることができました。
うれしく思い、あなた様のいらっしゃるお所を確かめ、
お礼申し上げようとあとをついて参ったところ、菩提講の庭にお越しになり、
わたくしまでもありがたき仏法をお受けすることとなりました。
お陰様で過去の多くの罪も滅び、
さらには、人に生れ変れる功徳へ近づくことができました。
いよいよわたくしは喜びをいただき、こうして参りました。
このお礼に、多くの物をお届けし、良き殿御とのご縁もお届けいたします」
この話に、ついてきた女の方は、急にあさましくなって、
「実は私は、田舎から参った者ではなく、この辺の者でございます。
それが昨日の菩提講に参る途中、そちら様に行き会い、
あとについて歩いておりますと、
そちら様が踏み返された石橋の下から、まだら模様の小さな蛇が出てきて、
お供のように後をついて行きますので、そのことをお伝えしようとしましたが、
おかしなことを申し上げてもと不安で、申し上げることができませんでした。
菩提講の庭にも、確かに、その蛇は来ておりましたが、ほかの人には見えない様子。
そして講が終り、お出になる後ろを、やはり蛇がついて行きますので、
どうなることかと気になりまして、思いがけず、
こちらへお泊めいただくことになったのです。
昨晩は夜半過ぎまで、柱のもとにその蛇がいましたが、
今朝明けてみますと、もう姿が見えません。
そのことと合わせるように、夢のことをお話になるので、
おどろくやら、もったいないやらで、正直に申し上げるのでございます。
以後は何卒、これを機会に、親しく語らうことをお許し下さい」
と言い、くわしく物語りをするなどして、以後は本当に、
常に行き通う、親しい仲になったという。
なお、この蛇つきの女は、その後、たいそう裕福な身になり、
このごろは、誰とは知らないが、さる御大臣に仕える富裕な家司の妻となり、
万事思うままになる身分となっている。
詳しく尋ねれば、隠れもないことだと思われる。
原文
石橋の下の蛇の事(つづき)
かゝるほどに、日たゞ暮れに暮れて、くらく成ぬれば、蛇のありさまを見るべきやうもなく、此家主とおぼゆる女にいふやう、「かく宿させ給へるかはりに、麻(を)やある、績(う)みて奉らん。火とぼし給へ」といへば、「うれしくのたまひたり」とて、火ともしつ。麻とり出して、あづけたれば、それを績みつゝ見れば、此女ふしぬめり。いまやよらんずらんと見れども、ちかくはよらず。この事、やがても告げばやと思へども、告げたらば、我ためもあしくやあらんと思て、物もいはで、しなさむやう見んとて、夜中の過るまで、まもりゐたれども、つひに見ゆるかたもなき程に、火きえぬれば、この女もねぬ。
明て後、いかゞあらんと思て、まどひおきて見れば、此女、よき程にねおきて、ともかくもなげにて、家あるじと覚る女にいふやう、「こよひ夢をこそ見つれ」といへば、「いかに見給へるぞ」と問ば、「このねたる枕上に、人のゐると思て、見れば、腰よりかみは人にて、しもは蛇なる女、きよげなるがゐて、いふやう、「おのれは、人をうらめしと思ひし程に、かく蛇の身をうけて、石橋のしたに、おほくのとしを過ぐして、わびしと思ひゐたるほどに、昨日おのれがおもしの石をふみ返し給しにたすけられて、石のその苦をまぬかれて、うれしと思ひ給しかば、この人のおはしつかん所を見置き奉りて、よろこびも申さんと思て、御ともに参りしほどに、菩提講の庭に参給ければ、その御ともに参りたるによりて、あひがたき法をうけたまはる事たるによりて、おほく罪をさへほろぼして、その力にて、人に生れ侍べき功徳の、ちかくなり侍れば、いよいよ悦をいたゞきて、かくて参りたるなり。此報ひには、物よくあらせ奉りて、よき男などあはせ奉るべきなり」といふとなん見つる」と語るに、あさましくなりて、此やどりたる女の云やう、「まことには、おのれは、田舎よりのぼりたるにも侍らず。そこそこに侍る者也。それが、きのふ菩提講に参り侍し道に、其程に行あひ給たりしかば、尻に立てあゆみまかりしに、大宮のその程の河の石橋をふみ返されたりし下より、まだらなりし小蛇のいできて、御ともに参りしを、かくとつげ申さんと思しかども、つげ奉りては、我ためもあしきことにてもやあらんずらんと、おそろしくて、え申さざりし也。誠、講の庭にも、その蛇侍りしかども、人もえ見つけざりしなり。はてて、出給し折、又具し奉りたりしかば、なりはてんやうゆかしくて、思もかけず、こよひ爰にて夜をあかし侍つるなり。此夜中過るまでは、此蛇、はしらのもとに侍りつるが、明て見侍つれば、蛇も見え侍らざりしなり。それにあはせて、かゝる夢語をし給へば、あさましく、おそろしくて、かくあらはし申なり。今よりは、これをついでにて、何事も申さん」などいひかたらひて、後はつねに行かよひつゝ、しる人になんなりにける。
さて此女、よに物よくなりて、この比は、なにとはしらず、大殿の下家司の、いみじく徳有が妻になりて、よろづ事かなひてぞありける。尋ば、かくれあらじかしとぞ。
適当訳者の呟き:
宇治拾遺らしいお話で、けっこう好きです。
麻を績む:
ををうむ。繊維を細く長くより合わせる。紡ぐ。
下家司:
しものけいし。家司というのは、貴族の家のことを取り仕切る仕事です。
[5回]
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